『そう言えば良かったのか!絶体絶命アンサー』に出演します

『そう言えば良かったのか!絶体絶命アンサー』に出演します。

番組名:そう言えば良かったのか!絶体絶命アンサー

放送日時:2017年5月21日(日) 18:57 ~ 20:54

放送局:テレビ朝日系列ABC朝日放送全国ネット

番組ホームページ:https://www.asahi.co.jp/sp/zettaizetsumei/

「お金」「親子」「ママ友」等、様々なしがらみで起きる絶体絶命のピンチをどう言って乗り切ればいいのか?専門家が役に立つベストアンサーを伝授します!

 

【MC】今田耕司
【進行】ヒロド歩美(朝日放送アナウンサー)
◆ドラマ出演
田畑智子、川上麻衣子、矢柴俊博、佐戸井けん太、西村和彦、菜葉菜、浅利陽平、六平直政 ほか

◆回答者   ※五十音順
梅沢富美男、岡江久美子、小倉優子、工藤阿須加、紅蘭、斎藤司(トレンディエンジェル)、榊原郁恵、陣内孝則、土田晃之

◆先生    ※五十音順
佐々木圭一(コピーライター)、篠原菊紀(脳科学者)、塚越友子(心理カウンセラー)、水島広子(精神科医)、モーリー・ロバートソン(国際ジャーナリスト)、吉村昇洋(曹洞宗八屋山普門寺 副住職/臨床心理士)

番組概要

「お金」「親子」「ママ友」等、様々な人間関係のしがらみの中で起きる“絶体絶命”のピンチを、どう言って乗り切ればいいのか?専門家が役に立つベストアンサーを伝授!

番組詳細

◇番組内容
【義父への対応】
家族で新居に引っ越したYさんは、テレビの買い替えを検討。義父が馴染みの電器店を紹介してくれたが、ネット通販よりも3万円も高かった。断ると義父のメンツをつぶしてしまう…。でも、同じテレビを高く買うのは避けたい。こんな時、どう言って切り抜ければいいの?

◇番組内容2
【お金のトラブル】
義父に呼び出され「娘には内緒で5万円貸してほしい」と頼まれたYさん。渋々貸したが、数日後に「あと10万円貸してほしい」と泣きつかれた。断ると義父との関係が崩れてしまう…。貸してしまうと今後も歯止めがきかなくなるかもしれない。こんな時、どう言って切り抜ければいいの?

◇番組内容3
【年上のママ友】
ママ友達とのランチが終わった後、年上のボスママから2次会のカラオケに誘われたKさん。「子供の塾のお迎えがあるので…」と断るが、ほかのママ友とカラオケへ。そのお店でボスママと遭遇。正直に話せば相手を傷つける。下手なウソもつけない…。こんな時、どう言って切り抜ければいいの?

◇番組内容4
【近隣トラブル】
家族のためにマイホームを購入したOさん。しかし、新居のマンションの真上の部屋に、会社の部長が住んでいることが判明。しかも、夜になると上の部屋から騒音が聞こえ、家族から苦情を言うように頼まれる。苦情を言えば出世に差し障る…。言わないと家族関係が崩壊する。こんな時、どう言って切り抜ければいいの?

◇番組内容5
【結婚式での失言】
大学時代の後輩の結婚式で、スピーチを頼まれたSさん。人前で話すのが苦手で原稿を用意していたが、本番で原稿の一部紛失が判明。咄嗟に思いついたスピーチに、新婦が泣き出してしまった。こんな時、どう言って切り抜ければいいの?

◇番組内容6
彼女との破局の傷心旅行に、後輩を連れてグアムに行った斎藤司(トレンディエンジェル)。しかし、最初に誘った後輩を連れていくのを忘れてしまい、本人には「キャンセルになった」とウソをついてしまった。ショックを受ける後輩と、帰国直後の斎藤の対面に密着!斎藤はどう言って切り抜けるのか?

新年あけましておめでとうございます。

 

皆さま、新年あけましておめでとうございます。

今年はきな臭い年になるかなと思いつつ、皆さまの心の健康、そしてお身体の健康、社会の健康を目指して、今年も微力ながら、自分にできることをやっていきたいと思っております。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

水島広子

水島広子ホームページアドレス変更のお知らせ

このたび、ホームページを移転しましたので、アドレスが変わりました。

従来のhttp://www.mizu.cx/

から、

http://www.hirokom.org/

へとリンクのご変更をお願いいたします。

なお、これに伴い、メールアドレスも

info@hirokom.org

に変更になります。

お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

活動拠点が移転しました

2006年9月に東京都港区元麻布のマンションの一室にクリニックを開き、そこでアティテューディナル・ヒーリングの活動もしてまいりましたが、階下への迷惑などを考えずに子どものグループなどを発展させられるよう、このたび拠点を100メートルほど移しました。

2006年に物件を探したときには、精神科への偏見を痛感しました。
「患者さんがエレベーターに立てこもったらどうするのだ」「屋上から飛び降りたりしたらどうするのだ」などと言われたこともありました。(もちろん、そういうこともあるかもしれませんが、それは頻繁に起こることでもありませんし、通院患者さんに限られたことでもないと思います)
今までお世話になってきたマンションでは、地元の町会長さんでもある大家さんが大変理解のある方で、「どうぞ何でも好きにやってください」と、この3年近く、温かく見守ってくださいました。おかげさまで、多くの患者さんが回復し、また、アティテューディナル・ヒーリングと出会った方たちは多くを受け取ってこられました。大家さんには心から感謝しております。

新たな拠点は

〒106-0046 東京都港区元麻布3-12-38

です。電話番号とファクス番号は従来通りです。

クリニックもアティテューディナル・ヒーリング・ジャパンもそちらに移転いたしました。

ここのところは金策や移転で大変消耗する毎日でしたが、間もなく落ち着きましたらいろいろと新たな活動を考えていきたいと思っております。

大変な財政難につき、郵便での移転ご挨拶は失礼させていただきます(涙)。

今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

父の永逝

2008年5月7日朝、急性心不全のため父・水島裕(ゆたか)が永逝いたしました。

前日まで全く普通に生活しておりましたが、着替えの途中の突然の出来事だったようです。74歳で、相変わらず忙しく様々な活躍をしているところでしたので、全く予期せぬことでした。

私はいわゆる「父親っ子」だったこともあり、心の準備ができていなかった父の死がかなりこたえておりますが、いずれは癒えていくものだろうと思います。しばらくは最低限の仕事をしながら喪に服していこうと思っています。

私が衆議院議員に当選したときに父は自民党の参議院議員でしたので、「いったいどういう親子だろう」と思われた方も多かったかもしれませんが、父はとてもリベラルな人間で、親子としての愛情と価値観は別、という成熟した態度を貫いてくれました。薬事行政という具体的なテーマを持っていた父にとっては、与党に身を置くことに価値があったのだと思います。「政治家」として政治に参加した私と、「実務家」として政治に参加した父との違いです。

父が生前お世話になりました皆様には心から感謝いたします。

以下に、父の人生のポイントを振り返らせていただきます。身内の自慢のようになってしまって恐縮ですが、特別な機会ですのでご容赦ください。

1 画期的な医薬品開発

 内科医であった父は、「医師一人が診療治療できる患者の数は限られるが、優れた薬は多くの患者を救いうる」と、診療とともに、新薬の開発に一生を捧げてきました。特に疾患部位にミサイルのように薬を届かせる画期的な方法を開発しました。このミサイル療法は、現在では一般の方にも知られるようになってきたドラッグデリバリーシステム(DDS)の代表的なものです。特にすばらしい効果が出たのがプロスタグランジンE1と言う薬をナノ粒子に封じ込めたミサイル療法で、動脈硬化、糖尿病、膠原病に絶大な効果があることを発見しました。この製剤は、パルクス・リプルという名前で1988年に発売され、ピーク時には500億円の売り上げを記録しました。近年中国でも発売され、全ての医薬品の中で常にベストスリーに入る売り上げをあげています。

2 大学発ベンチャーの草分け

 ここから得られる特許料の大部分を使い、聖マリアンナ医科大学に1990年に難病治療研究センターを創設し、初代センター長に就任しました。また、1988年には大学発ベンチャーの草分け的存在である、株式会社LTT研究所を立ち上げました。この会社は、株式会社LTTバイオファーマとして、2004年東証マザーズに上場を果たしました。

3 「今日の治療薬」著者

 医書のベストセラーとして有名な「今日の治療薬」(薬の解説と便覧の本、年間14万部)をはじめ多くの著書を出版しています。一方、学会活動も精力的に行い、日本DDS学会、日本炎症・再生医学会を立ち上げ、その理事長、名誉理事長を歴任してきました。

4 医薬行政

 さらに近年では、薬事行政の抜本的改革案として「日本版FDA」の創設を目指して、政治にも参加しておりました。1995年参議院議員、2001年に文部科学省初代政務官に就任し、薬の適応外使用の拡大などを実現してきました。2001年に議員を退いてからも、前議員という立場をフルに活用して政治と行政への働きかけを続けておりました。

 その他、80曲以上の曲を作曲し、囲碁・将棋ともに7段の腕前、ゴルフ、テニス、手品など、多彩な趣味を持ち、我が親ながらユニークな人間であったと思います。また、いろいろな仕事をした父ですが、父親としての愛情は豊富でしたので、私にとっては「仕事と家庭の両立」の一つのロールモデルになっています。

なお、密葬をすでに終えましたが、お別れの会を5月31日の13時より青山葬儀所で執り行います。(詳細などお問い合わせは 03-5733-7390 水島事務所 まで)
  

摂食障害治療のクリニック開設のお知らせ

東京都港区に、日本で唯一の対人関係療法専門のクリニックを開設しました。

摂食障害(過食症・拒食症など)やうつ病に対する期間限定の治療を行います。

最良の治療環境を確保するため自由診療となっています(徹底した省コストによ
り料金は極力抑えてあります)。

1回だけのご相談もお受けしておりますので、お気軽にご利用ください。必要な
方には投薬も行っております。

★「摂食障害は治らない」などと言われることがありますが、もちろんそんなこ
とはありません。
アメリカで開発され、私たちのグループが日本に導入した対人関係療法を用いる
ことによって、短期間の治療で効果を上げることができます。
その効果は、治療終了後も持続するだけでなく、さらに改善し続けるということ
が今までのデータから確認されています。
今までに治療した患者さんからは、「病気になったおかげで人生の質が上がった」
という声もいただいています。
今まで治療を受けてきたけれども、どうも経過がおもわしくないという方、「治ら
ない」と諦める前に、ぜひご相談ください。

治療の全体を知りたいという方は、拙著「『やせ願望』の精神病理 ~ 摂食障害
からのメッセージ」(PHP新書)をご一読ください。(書店での購入が難しければ、
在庫をお送りしております)
ホームページでもその一部をお読みいただけます。

■個人療法

原則として全12~16回の個人面接を行います。
1回の面接は40分間で治療費は8,000円となります(初診時のみ、面接時間は60分
間で8,000円) 。
自由診療のため、各種保険は使用できません。

必要に応じてご家族にも参加していただきます。ご家族に参加していただく場合
、原則として面接は60分間(10,000円)をお勧めしています。

期間限定の対人関係療法専門という当院の治療方法が適応になるかどうかは、初
期の面接で判断させていただきます。その結果、当院における治療が適応となら
ない場合もあります。

■グループ療法
(ただいま準備中です。準備が整い次第始める予定です)

1回2時間、治療費は2000円で、全20回となります。
グループ開始前に1~2回、グループ中期に1回、グループ終了後に1回の
個人面接が必要となります。

ご家族のグループ療法は現在のところ行う予定はございませんが、ご希望の方は
当院で開催しておりますアティテューディナル・ヒーリングのグループにご参加
ください。(参加無料)

■夫婦面接
個人療法の一部として、あるいは、ご夫婦のコミュニケーションを改善するため
に、ご夫婦そろっての面接を行います。1回の面接は60分間(10,000円)。各種
保険は使用できません。

※その他、摂食障害についての教育プログラム、ご相談のみの来院などもお受け
しております。
詳しくは、水島広子こころの健康クリニックのHPをご覧ください。

■診療時間

水・木・金 9:00~12:00
水・金  13:00~16:00

(祝祭日、年末年始は休業。その他、学会などによる休診あり)

クリニック開設、アティテューディナル・ヒーリング・ワークショップについてのお礼

● アティテューディナル・ヒーリング・ワークショップについてお礼

前回の号外版メルマガに対しましては、ワークショップへのお申し込みをたくさんの方からいただきありがとうございました。
すでに10月、11月と満員になり、12月のワークショップもあと一人の枠を残すのみとなっております。
これだけ多くの方がご関心を持ってくださるとは予想しておらず、嬉しい悲鳴を上げております。

今後のワークショップの日程につきましては、メールマガジンでのお知らせはせずに、ホームページ上に一覧を掲載しておりますので、ご関心のある方はそちらをご覧くださいませ。
ホームページから「アティテューディナル・ヒーリング」「ワークショップ」と進んでいただいても結構ですし、直接一覧表にたどりつきたい方は、www.ah-japan.com/workshop へどうぞ。

なお、今回お知らせしておりますのは全て東京でのワークショップとなっております。東京以外での開催も今後考えてまいりたいと思いますので、ご関心のある方はぜひご連絡ください。

● 対人関係療法専門クリニック開設のお知らせ

 東京都港区に、対人関係療法専門クリニックを9月20日より開設いたします。できるだけ良い治療環境を保障するため、自由診療となっています。原則としては、摂食障害やうつ病の方に対する期間限定の対人関係療法に限らせていただいておりますが、1回のみのご相談もお受けしておりますので、お役に立てることがございましたらご利用ください。
 詳しくは、ホームページの「クリニック」をご覧ください。お問い合わせはお気軽にどうぞ。

● ホームページを少々改善いたしました

 長らく手抜きをしてきたホームページですが、このたび少々リニューアルいたしました。トップページに「更新情報」のコーナーを作りました。大きなお知らせはメールマガジンでさせていただきますが、小さなものについては「更新情報」をご参照いただければ幸いです。

帰国ごあいさつ

ご無沙汰しております。皆さまいかがお過ごしでしょうか。
7月末に日本に帰国して以来、住民登録も含めていろいろとゼロから立ち上げなければならず、ご挨拶が遅れました。
8月後半には夏休みもとらせていただき、今月からきちんと「社会復帰」するところです。

予想はしていたのですが、下の子はまたしても保育園の「待機児童」になってしまいました。仕方なく、7月末から東京都の認証保育所に通っています。認証保育所というのは、東京都が独自に認可した保育所で、認可保育園と無認可保育所の中間的位置づけになっています。東京都としては独自性を発揮できる認証保育所に力を入れていきたいという話を以前聞いたことがありますが、やはり認証保育所は保育料も高く、こちらが主流になってくると、認証保育所か認可保育園かというのが親の経済力によって二分されてくるのではないかと懸念します。私が住む港区では、「待機児童」が認証保育所に通う場合には現金給付による支援がありますが、それを差し引いても認可保育園よりは割高です。

私の息子が通う認証保育所は株式会社が経営しているものです。保育の質は良いと思いますし、息子も気に入って通っておりますが、やはりビルの一室ですので、立派な庭があった認可保育園とは環境面で比べようもありません。

近所の商店街などで認可保育園のお友達に時々会いますが、「早く帰ってきてねー」と言われています。こればかりは本人の力ではどうしようもないことなので、空きを待ち続けるしかありません。
これで、無認可、私立認可、公立認可、という遍歴をたどってきた我が家の保育も、認証保育園が加わってコレクションが完成したという感じです。

上の子については、学童保育が今年度から全児童対象の遊び場事業になったというのが変化と言えば変化です。ただ、学童保育の先生がそのまま横滑りで入ってくださり、おやつやいろいろな配慮も含めて基本的に学童とほとんど変わらない運営をしてくださっているので、かなり恵まれている方だと思います。

私の方は、対人関係療法を普及させるためのクリニックを港区に作る準備をしております。また、アティテューディナル・ヒーリングのワークショップやグループも始める予定でおりますので、ご関心のある方はぜひご参加ください。詳しくは追ってご連絡させていただきます。

「選挙に出るべし」という声も各方面からいただき大変光栄に思っておりますが、当面、アティテューディナル・ヒーリングを中心とする活動が自分にとっての本質的な政治活動だと位置づけていきたいと思っています。その理由をご理解いただけるように、現在執筆をしております。

今後も、不定期ですが、メールマガジンを発行していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
・発行者     水島広子
・ホームページ  http://www.mizu.cx/
・メールアドレス info@mizu.cx
―――――――――――――――――――――――――――――――
・メールマガジンの登録・解除 http://www.mizu.cx/contents/mag.html
・インターネットの本屋さん『まぐまぐ』 http://www.mag2.com/

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 このメールは、メルマガ配信手続きをとってくださった方、および、
水島広子が名刺を交換させていただいた方で名刺にメールアドレスが
載っている方にも勝手ながら送らせていただいております。メール配
信停止をご希望の方は、URL http://www.mizu.cx/contents/mag.html
 にて解除の手続きをしていただけますようお願いいたします。

次期衆議院議員選挙栃木一区からの立候補について

 2月26日、一時帰国して参加した「水島広子と歩む会総会」において、以下の文書を公表させていただきました。県連幹部の方たちのご判断だと思いますが、2月21日付の下野新聞の1面トップに「水島氏 1区出馬せず」の大きい記事が載ったようです。突然の新聞記事に「どうなっているんだ」というお尋ねもいただいてまいりましたが、以下が私が皆さまに直接ご報告したい内容です。本来は、もっと日本で時間のとれるときにご報告すべき内容であるのはもちろんですが、いろいろな事情を考慮した結果、この時期のご報告となりました。

=============

次期衆議院議員選挙栃木一区からの立候補について

 水島広子と歩む会の皆さまには、今まで衆議院議員としての活動を共に歩んでいただきありがとうございました。改めまして心から感謝申し上げます。

 おかげさまで、任期五年の間に、おそらく他の議員では実現できなかった領域の成果をいくつも上げさせていただきました。これもすべては、一九九九年の十月に移り住んで以来、二度にわたって国政へと送り出していただいた栃木一区の皆さま、特に主体的なご支援をくださった水島広子と歩む会の皆さまのおかげです。

 昨年九月の総選挙で議席を失って以来、今後の政治とのかかわり方を自分なりに考えてまいりました。多くの方から、ぜひ栃木一区から再出馬するようにという温かいお励ましもいただいてまいりました。大変ありがたいことです。

 栃木一区においては、本当にすばらしい方たちとの出会いをいただき、一生の財産とも言えるような関係を築かせていただいたことを感謝しております。その一方で、落下傘候補としてこの地にまいりました私は、「宇都宮に住んで初めて代弁者たり得る」と思ってまいりましたし、そのための努力を続けてまいりました。しかし、国会での活動が本格化するにつれ、国会で最大限の成果を上げながら家族そろって選挙区に居住するということはほとんど不可能であることがわかりました。

 そんな中でも選挙区の皆さまとの関わりを最大限に確保できるように、家族の理解と協力を得て、週日は議員宿舎、週末は宇都宮、という移動生活を家族そろって続けてきましたが、宇都宮に移り住んだときには一歳であった娘も小学校二年生となり、連続して過ごせる自分の地域を必要とする年齢になりました。六年半前とは異なり、栃木一区の代弁者として小選挙区から立候補できる環境にはなくなったと判断せざるを得ません。また、候補者が選挙区に居住しているかどうかが唯一の争点になってしまうような選挙は、民主主義の成熟のためにも望ましいものではありません。

 子どもたちが健康な心をもって成長できる社会の実現という目標に向ける思いは政治にかかわる前よりもむしろ強くなっております。栃木一区からの立候補という選択肢を断念せざるを得ない現状を踏まえた上で、自分にできることを考えながら前進を続けたいと思っています。現在米国で研修中のアティテューディナル・ヒーリングからは、そのためのヒントをたくさん学ばせていただいていると感じています。もちろん、自分にできる範囲で、政治にもかかわってまいりたいと思っております。

 今までいただきましたご支援に心より感謝申し上げますと共に、今後ともご指導をいただけますようお願い申し上げます。メールマガジンでの活動報告はこれからも続けさせていただくつもりです。

 最後になりますが、皆さまのご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

二〇〇六年二月二十五日               水島広子

==================

 総会の後の記者会見では、「つまり、今は政治よりも育児ということですか?」というご質問をいただき、私の文章のつたなさを恥ずかしく思った次第ですが、もちろんそんなことが言いたいわけではありません。

 政治というものの性質を考えれば、当然育児真っ最中の人間でも参加できるべきだと思っていますし、自分自身、育児中の立場だからこそ提言できたことが多々あると思います。

 記者の方に説明申し上げたのは、「自分の目標を達成するための仕切り直し」ということです。本来何のために政治を志したのかということは一刻たりとも忘れたことがありませんが、それを考えればこそ、そのための環境調整に自ら努めるべきだと思っています。

 幸い、お忙しい中駆けつけてくださいました「水島広子と歩む会」の皆さまには、真意を理解していただき、とても温かいお言葉をいただきました。私が栃木一区から出馬しようとしなかろうと、この後援会活動を通してできたネットワークを生かして、栃木に新しい力をつけていきたい、という前向きなご提言もいただきました。
 
 また、私は現在米国での勉強に専念しており、今後は全く白紙の状態ですが(下野新聞の記事によると、すでに他の形での立候補が視野に入っているかのように読めますが、そういうことではありません)、今後どんな活動をしようと支援を続けてくださる、という温かいお気持ちを皆さまからいただきました。

 改めて、「水島広子と歩む会」の皆さまのご見識の高さに感激すると共に、こういう方たちに支えていただいていたからこそ、充実した5年の任期を全うすることができたのだ、と改めて感謝しております。

 明日の午後にはまた飛行機に乗って米国に戻り、活動報告を続けさせていただきます。
 慌ただしいご報告で申し訳ございませんが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

第三の道を

 選挙が終わってからというもの、議員会館の引き揚げ(5年分の資料が山のようでした)、議員宿舎の引っ越し、お礼のご挨拶まわり、と、落選候補者というのは案外忙しいもので、未だに落ち着きません。そんな状況のため、「敗戦の弁」をホームページにアップして以来、ご挨拶もできずにまいりましたことをお許しください。

 衆議院議員としての5年間、栃木1区の皆さまはもちろんのこと、全国の皆さまから様々な形でいただいてまいりましたご支援やご指導に改めまして心から感謝を申し上げます。野党の一議員ではございましたが、目に見える形でもいろいろな成果を残すことができましたこと、また、私が初めて選挙に出た頃に比べますと、「子ども」「子育て」という言葉が政治の主流になってまいりましたことは、本当に嬉しいことです。「子どもたちが健康な心をもって成長できる社会の実現を」と訴えたときに、「子どもには票も利権もないから、そんなことを言っていたら当選できない」と諫められたことが、今となっては懐かしく思い出されます。(まあ、今回の選挙でも相変わらず「水島は子どものことしかやらない」というデマを流されましたが)

 さて、9月24日、水島広子と歩む会主催の「ベアテの贈りもの」上映会に続き、水島広子と歩む会の拡大幹事会が開かれました。そこで、今後に向けての話し合いが行われました。

 今回の選挙は、当選のために全力を尽くしてまいりましたが、残念ながらこのような結果となりました。「10万人以上の人が投票したのにおかしい」「前回よりも得票数が多いのに」と惜しむ声を多くの方からいただいていますが、小選挙区制という選挙制度のもとでは、この結果が現実です。

 選挙が終わってからというもの、特にマスコミの方たちから、「次の選挙に出るのか出ないのか」という質問をいただき続けています。私は、「候補者が落選すると、捲土重来か、政界引退か、その二者択一しかないという発想が貧困だったのではないか」と指摘させていただいています。

 私はもともと議員になることが目的だった人間ではありません。「一人一人の心が健康な社会を作る」という目標のために、与えられた条件の中で、最も効果的だと思われる手段を追求してきた人間です。もちろん、政治のあり方が人の心に与える影響は大きいものですし、特に、今回の総選挙後の政治状況は看過できるものではありません。

 単に「次の選挙に出るのか出ないのか」という発想ではなく、日々移り変わる政治状況の中、また、自分に与えられた条件の中で、引き続き、最善を尽くさせていただきたいと思っています。

 先日、下野新聞が「注目したい第三の道」というコラムを書いてくださいましたが、まさに、「捲土重来か政界引退か」という二者択一から解放された「第三の道」を多くの人が歩むことができれば、日本の政治はもっと活性化すると思っています。

 このような私の考え方を、水島広子と歩む会の幹事の皆さまには温かくご理解いただき、「どんな形であっても支援する」というありがたいお言葉をいただくことができました。

 もう少し落ち着きましたら、また折々の活動報告をさせていただきたいと思っております。今後ともご指導・ご支援いただけますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。