朝日新聞「一語一会」に掲載されました

朝日新聞「一語一会」に掲載されました。
以下、全文を転載します。

「決めつけ」自分にもあった

都心に精神科のクリニックを構えて15年になる。対人関係療法が専門で、トラウマが背景にある患者を診ることが多い。長引くコロナ禍に「意外と患者さんの大半はプラスに感じているんですよ」と語る。「仕事や学校に行けず、コミュニケーションも難しい方からみると、人の集まりが減り、外に出られていない後ろめたさが薄れたのです」

開院前年の2005年まで、衆院議員をしていた。「急募 女性候補」。慶応大医学部助手だった31歳のとき、週刊誌で旧民主党の公募広告を見た。「本気で女性を増やそうとしているの?見極めてやろう」。応募すると合格。00年、縁の無かった栃木1区から立ち、初当選した。

当時、長女(22)は2歳。長男(19)を妊娠したのは当選後で、それを機に衆院規則に「産休」が明記された。児童虐待問題や少子化対策などに取り組み、3期目をめざした05年の「郵政選挙」で落選。米国生活を経て、精神科医として再出発した。

政界を離れ、自宅のテレビに旧知の国会議員が映ると、長女や長男に「この人はいい人だよ」などと気軽に論評していた。だが、小学生だった長女がある議員を見て「この人はいい人?」と聞いてきたとき、はっとした。「いい人、悪い人」という主観的な「決めつけ」を子どもに押し付けていた、と気づいたからだ。

「決めつけこそが暴力的な言動につながるという信念で、悩みを抱える人にも接していたのに……とショックでした」。以降、話題にする人の評価ではなく、具体的にエピソードを子どもに語るように努めた。

そうした「決めつけ」はコロナ禍のせいで社会にはびこりやすくなったと感じる。「SNSがリアルな人間関係に取って代わり、相手の事情を考えにくくなった。さらに、びっくりするニュースにさらされ続けたトラウマでピリピリしている人が増えたことが背景にあると思います」

治療とは別に、生きづらさを感じる人らを対象にしたワークショップを続ける。「人は本来、温かい心を持つと考え、『決めつけ』が生む不安や怒りなどの否定的感情を手放してみては」。そんな心の持ち方が個人の悩みを解消し、社会の分断を埋めるヒントにもなればいいと願っている。