アメリカ報告9 ――怒りについて、アティテューディナル・ヒーリングの原則5――


 前回のバイロン・ケイティの「ワーク」については好意的な反応をたくさんいただき、ありがとうございました。また折を見て、ワークについては続編を書きたいと思います。

 「怒り」について少々補足しておきたいのですが、このワークは怒りから目を背けることを目的としたものではありません。あくまでも、怒りによって自分が損なわれないようにするためのものです。

 アティテューディナル・ヒーリングの創始者であるジェラルド・ジャンポスルキー博士がどこかに書いていたと思いますが、私たちは、食べ物などについては有害なものを摂取しないようにとても気を遣うのに、どうして自分の心の中に抱く感情については有害なものを平気で選んでしまうのだろうか、ということなのです。健康を損なうという意味では、食べ物と同じか、それ以上の意味を持つと思います。

 「許し」についてはいずれ改めて取り上げますが、たとえば、ある人を許せないとします。その人への怒りを抱き続けることで、その人を呪い殺したい、というような気持ちになることもあります。でも、その結果、健康を損なうのは相手ではなく自分自身であるということが往々にして起こるのです。相手に毒を盛ったつもりが、自分自身が毎日せっせと毒を食べていた、ということなのです。

 このことについては、精神神経免疫学が発達して、ネガティブな感情を持って自らを抑え込むことが免疫能に悪影響を与えることが科学的にも証明されてきました。うつ病になると風邪をひきやすくなることも示されています。

ポイントは怒りを否定することではないのだいということは、前々回にご紹介したパッツィ・ロビンソンの翻訳の中にも、次のように書かれています。

 怒りは当たり前の気持ちで、「悪い」というレッテルを貼る必要もないのですから、怒りを否定することはありません。怒りを否定してしまうと、それに対処するために別の気持ち、つまり罪悪感が生まれてきます。本当に自分の怒りを知ることができて初めて、変えることができるようになるのです。これは実は一瞬でできることです。長い時間をかける必要はありません。「なぜ」「どのように」を知る必要がないときもあるくらいです。これらの言葉は、私たちの人生をますますグチャグチャにすることが多いものです。心の平和がただ一つの目標になれば、怒りにしがみついていると心の平和は得られないのだということを認識できるようになります。

 つまり、怒りを感じることが問題なのではなく、それにとらわれ、しがみつくことが問題だということなのです。

 でも、怒りを抱き続けることこそが、変化に向けてのエネルギーなのでは? と思う方もいらっしゃるでしょう。歴史を見ても、何らかの進歩の影には大衆の怒りがあったのだ、と。

 自分が理不尽な状況に置かれているということを客観的に認識することは必要だと私は思います。前回の「ワーク」の説明でも、それまで正当化することはないのだ、ということを強調させていただきました。必要なことは、自分が理不尽な状況に置かれているということを客観的に認識し、変化に向けての現実的なステップを踏んでいくということであり、怒りにとらわれて自らの健康まで損なうということではないはずです。理不尽な状況に置かれていることを客観的に認識することと、それに対して怒りを抱き続けることは、決して一体化したものではないのです。理不尽な状況に置かれていることを客観的に認識してもなお、怒りを手放すという選択があるのです。

 また、変化を起こすには、多くの人の共感を得る必要があります。怒りにとらわれて、他人から自らを切り離してしまうと、とても目標は達成できません。ガンジーがなぜ非暴力独立を実現できたかというと、怒りにとらわれていなかったからです。イギリスに侵略されていることが理不尽であることを彼は十分認識していましたが、そのイギリス人の心に訴えかける力すら持っていたのですから。

 一方、カンボジアにおけるポルポトの悲惨な歴史を見ても、怖れや疑心暗鬼に基づいた「改革」ほど怖ろしいものはないと思います。また、ここのところ日本で起こっている「バッシング」も、非生産的な怒りの好例だと思います。

 怒りについては、「許し」を述べるときに、もっと書かせてください。

 さて、中断していたアティテューディナル・ヒーリングの原則に戻りますが、例の翻訳が「難しい」とあまり評判が芳しくないので、翻訳は毎回1項目のみ紹介させていただき、私の解釈やセンターでの体験を補足させていただきたいと思います。

 ちなみに、先日、ジェラルド・ジャンポルスキー博士の強い勧めでパッツィ・ロビンソンに会ってきましたが、本当にすてきな人でした。慢性的な呼吸器疾患で酸素吸入をしていましたが、「すべてのことには理由があるのだから、私のこの健康状態にも必ず理由があると思っている」と前向きにとらえ、何かを学ぼうとしていました。
 また、私に対して「あなたの光は世界で明るく輝いている」と書いてくれました。部屋に入ってきたときにそう感じたから、と言っていました。光栄です。

 今日は原則5「あるのは今このときだけ。すべての瞬間は与えるためにある」の翻訳をご紹介します。「あるのは今このときだけ」というのは、パワフルな原則です。そして、「今この瞬間」にとどまる、ということは、センターでの大きなテーマです。考えが過去や未来に飛んでしまって、今いっしょにいる人の話に集中できない、という経験は誰もがしていると思います。その結果、「今この瞬間」の質が損なわれ、それが満足できない過去を作り、未来への不安をさらに膨らませる、ということになると思います。「今この瞬間」に、どれだけ与えられるか、ということが人生の質を決めると言っても過言ではないでしょう。

 「未来を手放す」ことも重要です。これは、子育てなどではよくある話ですが、「子どもの未来のために」と、「今」を犠牲にしてしまいがちです。子どもの未来のためにお金をためておこうと、親が働きづめで、親ともっとコミュニケーションしたい子どもの「今」が犠牲になる。あるいは、「こういう子になってくれないと将来困る」と子どもに理想の姿ばかり押しつけて、「今」の子どもを見てあげられない。寂しい子どもは薬物に走ったりして、結局、子どもの未来すらだめにしてしまうのです。

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5 あるのは今このときだけ。すべての瞬間は与えるためにある。

 この原則は、私たちが今のこの瞬間にとどまれるようにと作られたものです。私たちはすぐに、過去のことを考えたり将来への不安を膨らませたりしてしまうものです。こうなってしまうと、私たちの心は往々にして平和でなくなります。これが認識できれば、自分の気持ちの焦点を、平和を経験できる現在へと戻すことができます。私たちが現在にとどまっていれば、全ての出来事に一番良い形で対応することができます。現在でないところにいると、ものごとを決めることができません。本質的には、あるのは今このときだけなのです。愛のエネルギーが私たちからあふれ出すのも「今」です。私たちが決めつけることなく何が起こっているかをはっきりと見ることができるのも「今」です。

 私たちは外で起こっていることをコントロールすることができません。それをやろうとすると決して平和な気持ちにはなれません。でも、私たちは自分の考えをコントロールすることならできます。受け取ろうとする気持ちから与えようとする気持ちへと変えていくと、外で起こることについても明らかな変化が起こることに気づくようになります。

 私の今までの経験の中で、起こり得ることの例として最も深いものは、「平和の教師としての子どもたち」というグループ、そしてその創設者であるジャンポルスキー博士と共にモスクワに行ったときのことです。私たちはソ連の青年組織の代表とともに、記者会見をしていました。その青年代表は、45分間にわたって、米ソの関係が良くならないのはどれほどアメリカの責任であるかということなどを演説しました。私たちは皆彼の話を聞きました。そして、彼が子どもたちに質問はないかと尋ねたところ、子どもたちはその青年が考えもしなかったやり方で応えたのです。子どもたちは一人ずつ、ロシア人がいかに私たちに対して親切だったかを青年に伝えました。今回の旅でロシア人から受けた親切なもてなしの話をアメリカ人が聞いたら、戦争はなくなるだろうと言ったのです。さらに、子どもたちそれぞれがチェルノブイリ災害への寄付を申し出ました。

 それぞれの子どもが心から話をすると、その青年は美しい変化をとげました。彼の顔は柔らかくなり、色鮮やかになりました。目はうるみました。とても警戒した状態から、とても共感しやすい状態になりました。私はミーティングが終わった後で彼のところに行って話しました。彼は、来てくれて本当にありがとうと言い、部屋に入ってきたときとは違う人間であることが私の目には明らかでした。私も、また、違う人間になっていました。私はとても感動していました。どれほどの障害があるように見えても、平和な関係を持つことは実際にできるのだということを心の底から感じたからです。

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(☆☆☆ではさまれた部分は、パトリシア・ロビンソン著「アティテューディナル・ヒーリングの原則の定義」の邦訳)

アメリカ報告8 ――米国の刑務所で「ワーク」をやってきました――

 3月6日、カリフォルニア州のサン・クエンティン刑務所(男子刑務所)に行きました。「ワーク」というグループのためです。
これは、アティテューディナル・ヒーリングそのものではないのですが、アティテューディナル・ヒーリングで長い間中核的な役割を果たしてきたキャシーという女性が橋渡しをしてくれているものです。

 「ワーク」を考えたのは、バイロン・ケイティという女性です。彼女は、自らがうつで悲惨な状態に陥っていたときに、突然、真実に目覚めた人です。真実というのは何かというと、自分を苦しめているのは現実そのものではなく、現実に逆らおうとする自分の思考だということです。現実がいかに望ましくないものであっても、現実は現実なのですから、「こうあるべきではない」という思考にとらわれてしまうと、自分が苦しむという単純な理屈です。そして、その思考を問い直すための「ワーク」を、世界中に広めています。彼女の最初の著書Loving What Isは名著ですが、日本語にも翻訳されているようです。(人生を変える4つの質問(アーティストハウスパブリッシャーズ))

 私自身も、定期的に「ワーク」のグループに参加して学んでいますので、皆さんのご関心があればもっとご紹介する機会を作りたいと思います。単純ですが、とてもパワフルな手法だと思っています。

 バイロン・ケイティの直弟子(?)にあたるキャシーが、毎週月曜日に刑務所で「ワーク」をやっているというので、私も連れて行ってもらいました。

 刑務所の様子は日本と大差なく、こちらでも過剰収容の問題を抱えているようです。ただ、お国柄か、日本よりはそれぞれが伸び伸びと過ごしているような印象を受けましたし、受刑者が私たちに気軽に声をかけたり挨拶をしたりしてきます。
グループに参加できるのは、開放房(200人以上が巨大なドームに寝泊りしている)に入っている人たちだけだそうですが、そこに参加者を呼びに行くと、「「ワーク」っていうのは、何のワークだ」と、興味津々で近づいてくる人も結構いました。

 グループに参加して、私も一参加者として一緒に作業をしたのですが、なかなか感動的なグループでした。

 「ワーク」の代表的なやり方は、こんなふうです。
 まず、自分が頭に来ていることや不快に思っていることを文章にします。
「・・・なので、私は○○に腹を立てている」という具合です。
それから、この「・・・」の部分だけを抜き出して、「入れ替え」をするのです。

 たとえば、受刑者の一人が、
「私たちを意味もなくロックダウンしているので、管理者に腹が立つ」という文章を作ります。ロックダウン(封じ込め)というのは、私も今日はじめて知ったシステムですが、刑務所では、何かしらの暴動が起きると、それを起こした「人種」が、一定期間グループへの参加などを許可されなくなるのです。人種単位でのこんな懲罰がなぜ許されるのか理解できませんが、暴動にかかわりのない人も、同じ人種であるというだけの理由でロックダウンの対象になります。ちなみに、今日はヒスパニックの人たちがロックダウン中で、グループには白人と黒人しかいませんでした。

 自分には何の落ち度もないことで懲罰を受けるというのはいかにも理不尽なことで、これに腹が立つというのはいかにも正当な怒りです。
 でも、「ワーク」では、こんなふうに考えます。まず、「・・・」として抜き出されるのは「管理者は私たちを意味もなくロックダウンしている」になります。

 「ワーク」で要求される「入れ替え」は、4通りあります。
(1) 自分と相手との入れ替え
(2) 自分自身に向けて
(3) 正反対への入れ替え
(4) 「自分の思考」との入れ替え

 まず、一番簡単な(3)からやってみます。正反対にすると、「管理者は私たちを意味もなくロックダウンしていない」というふうになります。この文章を作ってから、3つの根拠を考えてみます。たとえば、「ロックダウンはさらなる暴力の発生を防ぐので、意味がないわけではない」「彼らは単に決められたことをやっているだけであり、意味なくやっているわけではない」「暴動は確かに人種単位で起こることが多いので、安全の確保という観点からはまったく無意味でもないかもしれない」・・・という具合にです。
 
 ここで重要なのは、何もロックダウンを正当化する必要はないということです。「完全に無意味」というよりは多少ましな根拠を思いつけば、それで上等です。

 次に(4)ですが、「私たちの思考は私たちを意味もなくロックダウンしている」というふうになります。この根拠になるのは、管理者への怒りにとらわれてしまうと、不快なエンドレス・テープを聞かされているようなもので、他の健康な活動ができなくなります。ですから、自らの思考が自らを封じ込めてしまう、というのはその通りだということになります。ここでも管理者を正当化する必要はありません。でも、「管理者が理不尽なことをしたら私たちは怒らなければならない」という思考に取りつかれてしまうと、私たちの自由が奪われるということです。
 (2)は「私たちは私たち自身を意味もなくロックダウンしている」というふうになり、これは(4)とほとんど同じです。

 そして(1)は「私たちは管理者を意味もなくロックダウンしている」となります。一瞬戸惑いますが、これにもまた真実があり、私たちが怒りにとらわれてしまうと、管理者とのやり取りの選択肢が狭まりますし、管理者が私たちに対してできることの可能性を減らしてしまうことにもなるのです。
 
 この「入れ替え」の作業を、バイロン・ケイティは、「轍にはまったタイヤを前後に動かしてみる作業」と呼びます。ただ読み流していると「そんな簡単なことで自分の気持ちは変わらない」と思うかもしれませんが、実際に自分の問題を文章に書いて「入れ替え」をしていくと、本当に目が覚める思いがするものです。ぜひ、試してみてください。

 この「ワーク」の考えは、アティテューディナル・ヒーリングの中核である「物事のとらえ方はいつでも自分で選択することができる」という考え方と共通します。「いやなことがあったから怒る」というのでは、自動操縦の飛行機と同じで、まさにロボットです。いやなことがあっても怒らないという選択肢があるのです。「ワーク」でも、それを教えていると思います。

 これが受刑者にどういう影響を及ぼしているかというと、それは計り知れないものがあります。グループの中での受刑者たちのやり取りだけでも十分に感動的でしたが、グループ外でも、他人の怒りに自動的に反応してケンカばかり起こしていた人が、他人の怒りに対してただ首を振って静かにしている、という変化が報告されていました。また、刑務所に入るまでは怒りのコントロールが課題だった人が、今では怒りをコントロールできる自信があるといっていました。なぜかというと、「ワーク」を通して、「自分はマッチョでいる必要はない。泣いても、感情的になってもオーケーだということがわかったからだ」と教えてくれて、とても感動しました。「自分が一番尊敬する人」をテーマにしたエクササイズもありましたが、そのときに、グループリーダーであるキャシーの名前を挙げている人がいたのも微笑ましかったです(なにしろむくつけき男性ばかりですから)。

 生育環境の中で怒りがコントロールできるということをどの大人も示してくれなかった、だから自分はここにいる、ということを言っている人もいました。でも刑務所に入ったおかげで「ワーク」に出会うことができたということを参加者はみな肯定的にとらえており、希望を見出すことができました。日本ではもちろん刑務所に入っても「ワーク」に出会えないので残念です。これは明らかに再犯防止にもプラスになるはずです。

次期衆議院議員選挙栃木一区からの立候補について

 2月26日、一時帰国して参加した「水島広子と歩む会総会」において、以下の文書を公表させていただきました。県連幹部の方たちのご判断だと思いますが、2月21日付の下野新聞の1面トップに「水島氏 1区出馬せず」の大きい記事が載ったようです。突然の新聞記事に「どうなっているんだ」というお尋ねもいただいてまいりましたが、以下が私が皆さまに直接ご報告したい内容です。本来は、もっと日本で時間のとれるときにご報告すべき内容であるのはもちろんですが、いろいろな事情を考慮した結果、この時期のご報告となりました。

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次期衆議院議員選挙栃木一区からの立候補について

 水島広子と歩む会の皆さまには、今まで衆議院議員としての活動を共に歩んでいただきありがとうございました。改めまして心から感謝申し上げます。

 おかげさまで、任期五年の間に、おそらく他の議員では実現できなかった領域の成果をいくつも上げさせていただきました。これもすべては、一九九九年の十月に移り住んで以来、二度にわたって国政へと送り出していただいた栃木一区の皆さま、特に主体的なご支援をくださった水島広子と歩む会の皆さまのおかげです。

 昨年九月の総選挙で議席を失って以来、今後の政治とのかかわり方を自分なりに考えてまいりました。多くの方から、ぜひ栃木一区から再出馬するようにという温かいお励ましもいただいてまいりました。大変ありがたいことです。

 栃木一区においては、本当にすばらしい方たちとの出会いをいただき、一生の財産とも言えるような関係を築かせていただいたことを感謝しております。その一方で、落下傘候補としてこの地にまいりました私は、「宇都宮に住んで初めて代弁者たり得る」と思ってまいりましたし、そのための努力を続けてまいりました。しかし、国会での活動が本格化するにつれ、国会で最大限の成果を上げながら家族そろって選挙区に居住するということはほとんど不可能であることがわかりました。

 そんな中でも選挙区の皆さまとの関わりを最大限に確保できるように、家族の理解と協力を得て、週日は議員宿舎、週末は宇都宮、という移動生活を家族そろって続けてきましたが、宇都宮に移り住んだときには一歳であった娘も小学校二年生となり、連続して過ごせる自分の地域を必要とする年齢になりました。六年半前とは異なり、栃木一区の代弁者として小選挙区から立候補できる環境にはなくなったと判断せざるを得ません。また、候補者が選挙区に居住しているかどうかが唯一の争点になってしまうような選挙は、民主主義の成熟のためにも望ましいものではありません。

 子どもたちが健康な心をもって成長できる社会の実現という目標に向ける思いは政治にかかわる前よりもむしろ強くなっております。栃木一区からの立候補という選択肢を断念せざるを得ない現状を踏まえた上で、自分にできることを考えながら前進を続けたいと思っています。現在米国で研修中のアティテューディナル・ヒーリングからは、そのためのヒントをたくさん学ばせていただいていると感じています。もちろん、自分にできる範囲で、政治にもかかわってまいりたいと思っております。

 今までいただきましたご支援に心より感謝申し上げますと共に、今後ともご指導をいただけますようお願い申し上げます。メールマガジンでの活動報告はこれからも続けさせていただくつもりです。

 最後になりますが、皆さまのご健康とご活躍を心よりお祈り申し上げます。

二〇〇六年二月二十五日               水島広子

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 総会の後の記者会見では、「つまり、今は政治よりも育児ということですか?」というご質問をいただき、私の文章のつたなさを恥ずかしく思った次第ですが、もちろんそんなことが言いたいわけではありません。

 政治というものの性質を考えれば、当然育児真っ最中の人間でも参加できるべきだと思っていますし、自分自身、育児中の立場だからこそ提言できたことが多々あると思います。

 記者の方に説明申し上げたのは、「自分の目標を達成するための仕切り直し」ということです。本来何のために政治を志したのかということは一刻たりとも忘れたことがありませんが、それを考えればこそ、そのための環境調整に自ら努めるべきだと思っています。

 幸い、お忙しい中駆けつけてくださいました「水島広子と歩む会」の皆さまには、真意を理解していただき、とても温かいお言葉をいただきました。私が栃木一区から出馬しようとしなかろうと、この後援会活動を通してできたネットワークを生かして、栃木に新しい力をつけていきたい、という前向きなご提言もいただきました。
 
 また、私は現在米国での勉強に専念しており、今後は全く白紙の状態ですが(下野新聞の記事によると、すでに他の形での立候補が視野に入っているかのように読めますが、そういうことではありません)、今後どんな活動をしようと支援を続けてくださる、という温かいお気持ちを皆さまからいただきました。

 改めて、「水島広子と歩む会」の皆さまのご見識の高さに感激すると共に、こういう方たちに支えていただいていたからこそ、充実した5年の任期を全うすることができたのだ、と改めて感謝しております。

 明日の午後にはまた飛行機に乗って米国に戻り、活動報告を続けさせていただきます。
 慌ただしいご報告で申し訳ございませんが、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

アメリカ報告7 ――AHの原則2~4――

 前回に続き、パッツィ・ロビンソンの「アティテューディナル・ヒーリングの原則の定義」の翻訳をご紹介したいと思います。今回は原則2から4をご紹介します。わかりにくいところはぜひご質問ください。

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2 健康とは心の平和であり、癒しとは怖れを手放すこと。

心の平和を感じるためには、まずそれをただ一つの目標にすることが必要です。そうして初めて、障害物を取り除いていくことができるのです。

 私たちにはいろいろな感情があります。それらはすべて怖れに関連したものですが、私たちから見るといろいろな形をとっています。怒り、嫉妬、罪悪感、落ち込みなどは、常に私たちの中で起こっています。これらの感情とどのようにつき合っていくかを決めるのは自分自身なのだということを知っておくのは大切なことです。無力な被害者になることもできますし、このような気持ちを変えることもできるのです。心は私たちが持っている最も強力な手段であって、自分を傷つける気持ちを変えるために使うことができるのです。

 そのためには、変化に向けての意識と意欲を持つことが必要です。自分たちの心の声に耳を傾けるのです。心の声というのは、エゴが支配している自分ではなく、もっと高次の自分とつながっているものを意味します。真実を、裁くことなく教えてくれる声です。次のステップは、感情を体験することです。

 たとえば、怒りが起こるのを感じたとき、それと「接触してみる」ことが大切です。「接触してみる」というのは、それを感じ、認め、優しくすることを意味します。怒りは当たり前の気持ちで、「悪い」というレッテルを貼る必要もないのですから、怒りを否定することはありません。怒りを否定してしまうと、それに対処するために別の気持ち、つまり罪悪感が生まれてきます。本当に自分の怒りを知ることができて初めて、変えることができるようになるのです。これは実は一瞬でできることです。長い時間をかける必要はありません。「なぜ」「どのように」を知る必要がないときもあるくらいです。これらの言葉は、私たちの人生をますますグチャグチャにすることが多いものです。心の平和がただ一つの目標になれば、怒りにしがみついていると心の平和は得られないのだということを認識できるようになります。

 驚くべき女性が約10年前にセンターにやってきました。彼女は、9歳の娘が重症の白血病と診断され、打ちのめされていました。ジェリー・ジャンポルスキー博士と会った彼女は、「実は、この瞬間にも、あなたが感じているような痛みではなく心の平和を選ぶことができる」と言われたのです。彼女は、何とか、彼が何を言おうとしているのかを理解し、即座にものの受け止め方を変化させることができたのです。

 この女性はやがてセンターの熱心なボランティアとして何年も活躍し、彼女と同じ体験をした大勢の親たちを助けることができました。これは何も、親たちが完全に打ちのめされているときに「あなたは心の平和を選ぶことができるのよ」と言ったという意味ではありません。そうではなく、どういう状況のときにも、親たちのために彼女がいた、ということなのです。そして自分自身の経験があったために、彼女は、どんな形であっても親たちの助けとなれるように、自分の内なる力を頼ることができたのです。このようにこの女性が即座に変化することができたのは、私にとって本当に目をひきつけられる経験でした。「なにごとも、不可能なことはない」ということを私に教えてくれたレッスンでした。

3 与えることと受け取ることは同じ

 世の中には、「与える人」と分類できる人がたくさんいます。与える人は、ふつう、受け取り方を学ぶのに苦労するものです。「受け取る人」もいて、受け取るのはうまくても、与え方をよく知りません。与える人は、ふつう、相手を操作しながら助けています。相手が期待にこたえないと、失望するのです。受け取る人は、反対に、次から次へと新たな要求を出して、決して満足することがないようです。どちらも、自分の要求を満たすものを外側の世界に探しており、自分の内側には空虚感を抱えていることが多いものです。

 アティテューディナル・ヒーリングにおける与えることと受け取ることの定義は、別のところから来ます。エゴがありません。条件もつけず、期待もしませんし、どの人と愛を分かち合うかという境界線も引きません。他人を変えようという目標や意欲を持たず、他人から何かを得る必要がなければ、別のことが起こるのです。エゴも手放し、ただその人のためにあろうとすると、心の平和を感じられるようになるのです。

 他人と一体化していく感覚を持ち始めると、自分のことは忘れるようです。相手に心を向けていくと、自分の気持ちはあまり気にしなくなります。与えることと受け取ることが同じだという幸せを感じられるようになるのは、まさにこのときです。与えるものは尽きることがなく、どんどん満たされてくるのです。

 このような種類のやりとりは、センターのグループでは毎週起こっています。センターは、自分の心を他人に向けていくための安全な環境を作っています。グループでは自意識を忘れることができます。そして、そのプロセスを通して、愛によるエンパワーメントを受け、お返しを期待せずに相手に手を差し伸べることができるようになるのです。この時点で、助けられているほうの人はほとんど自動的に怖れや不安を手放すことができ、グループのほかの人たちと一体化することができます。人々が本当にこのモードに入ると、怖れが手放され、癒しが起こり始めるのです。

4 私たちは過去も未来も手放すことができる

 過去は学習のためにあります。すべての経験には価値があり、私たちの成長の糧になります。私たちがそのような見方を選択しさえすれば、ですが。私たちが「過ち」とラベルを貼ったことも、そこから学び、新たな一歩を踏み出すための経験に過ぎません。でも、過去に浸ることは私たちのためにはなりません。「過去にこれをやっておいたなら」とか「こうでなければよかったのに」というのは、私たちの邪魔になるだけです。

 事実は、私たちが現在に生きていて、「今」起こっていることに対処しなければならないということです。これは、つまり、私たちの心がしっかりと目覚めて生き生きしているように訓練しなければならないということです。過去や未来にタイムスリップしてしまうのはとても簡単なことですが、今この瞬間に生きていなければ本当の意味で生きているとはいえないのです。

 今の状況によって、未来は楽しみなものにも怖いものにもなります。いくらでも未来の不安に浸ることはできますが、心の平和がもたらされることはまずないでしょう。

 ここで重要な区別をしておかなければなりません。これは決して、未来に向けての計画を立ててはいけないという意味ではないのです。もちろん計画を立てるのは大切なことです。どのように区別するのかというと、未来に向けての計画を立てている間も、私たちの意識は現在にとどまっているということなのです。私たちは未来を予見することはできませんから、何が起こるか、何が起こらないか、ということに浸るのは生産的ではありません。私たちにできることは、予約をとるというように、未来に向けての自分の意思を決めておくことと、それが実際に現実のものになってきたときに、実現に向けてさらなるステップを踏むことだけなのです。

 この原則について重要なことは、過去の考えで役に立たないものや苦痛をもたらすものは、自分で選んで変えられるということです。そのためには、それに気づき、手放すための意識的な選択をすることが重要です。その考えがまた戻ってくるようだったら、また同じプロセスを繰り返すだけです。しがみついていたくないものが出てくる度に、テープを消すという新鮮な決意をすることができるのです。アティテューディナル・ヒーリングで特に価値のある考えの一つが、「私の心は苦痛をもたらす考え全てを変えることができる」というものです。自分のものの受け止め方を変えて新しい現実を作り出したいのであれば、これは強力な手段になります。

☆☆☆

(☆☆☆ではさまれた部分は、パトリシア・ロビンソン著「アティテューディナル・ヒーリングの原則の定義」の邦訳)

★ 前回の内容について補足 ★

 前回の翻訳の中に「愛」とか「裁く」とか「エゴ」という言葉が出てきたので、宗教(特にキリスト教)との関係を問うご質問をいくつかいただきました。

 この一部は単なる翻訳のまずさの問題で、お詫びいたします。「裁く」の原語はjudgeです。キリスト教に見られる「神の裁き」ではなく、日常的によく使われている言葉です。英語の中で使っていると、自分の知識や価値観などをもって相手を判断したり評価したりする、という感じなのですが、「評価する」と訳しても「判断する」と訳しても、どちらもちょっと変な感じです。「自分の枠に当てはめる」「決めつける」というのが雰囲気的には近いのですが、judgeを全てそう訳すのもちょっと無理がありそうです。とりあえずよく訳される言葉である「裁く」(神の裁きではなく裁判官の裁きのほうのイメージで)としておきますが、より良い訳語の案がありましたら教えていただければ幸いです。

 肝心の宗教との関係の方を少しご説明します。いずれアティテューディナル・ヒーリングが生まれた背景について詳しくお伝えしたいと思いますが、アティテューディナル・ヒーリングは、「A Course In Miracles(奇跡のコース)」というスピリチュアルな本から生まれたものです。A Course In Miraclesは特定の宗教と関係のあるものではありませんが、アメリカで生まれた本だけあって、キリスト教の言葉を多用して書かれています。

 A Course In Miraclesを勉強していたジャンポルスキー博士がアティテューディナル・ヒーリングをスタートさせる際に心がけたことは、宗教を連想させる言葉をできるだけ排除するということだったそうです。なぜかというと、どのような宗教を持つ人も、また宗教を持たない人も、あるいは教会に対して嫌な思い出しか持っていない人も、アレルギー反応を起こさないようなものにしたかったからだということです。
 ですから、宗教との関係はない、と言ってよいでしょう。ただ、禅を含め東洋思想とは共通する内容も多いと思います。
 また、「エゴ」という言葉が出てくるので、大いなる神と罪深い自分、というキリスト教的構造なのかと思われるかもしれませんが、信じるべきは、「どこかにいる」神ではなく、自分が本来持っている高次の心であり、それを妨げているのが怖れに取りつかれたエゴなのだという構造になっています。
 「愛」については、こちらでは全く普通の言葉で、日本人が「愛」という言葉を使うときの「こそばゆさ」のようなものはないようです。

 今後もいろいろとご質問いただければ幸いです。

アメリカ報告6 ――アティテューディナル・ヒーリングの原則1――

 今日は、アティテューディナル・ヒーリングの12の原則を書きます。

1 私たちの本質は愛。
2 健康とは、心の平和(やすらぎ)。癒しとは、怖れを手放すこと。
3 与えることと受け取ることは同じ。
4 私たちは、過去も未来も手放すことができる。
5 存在する時間は「今」だけ。それぞれの瞬間は与えるためにある。
6 私たちは裁くのではなく許すことによって、自分や他人を愛することができるようになる。
7 私たちは他人の欠点を見つけるのではなく愛を見つけることができる。
8 外で何が起こっていようと心の平和を選ぶことができる。
9 私たちはお互いに生徒であり教師である。
10 私たちは自分たちを分断された存在ではなく一つのいのちとしてとらえることができる。
11 愛は永遠のものなので、死を怖れる必要はない。
12 どんな人も、愛を差し伸べているか助けを求めているかのどちらかととらえることができる。

 これらの原則について、私の考えや経験をいずれお伝えしようと思いますが、まずは、パトリシア・ロビンソンという女性が書いた「アティテューディナル・ヒーリングの原則の定義」という小冊子をご紹介したいと思います。アティテューディナル・ヒーリング・センターがジェラルド・ジャンポルスキー博士と4名の女性によって創設されたのは1975年ですが、その4名の女性の一人がパトリシア(パッツィと呼ばれています)・ロビンソンです。
 パッツィの小冊子は最近印刷されたもので、昨年10月の国際会議で配られました。現在もセンターにおいて1冊5ドルで配布されています。

 ちょうど皆さまにアティテューディナル・ヒーリングの原則をご紹介しようと思っていたところに、ジャンポルスキー博士から電話がかかってきて、「パッツィが病気で末期の状態なので、私は小冊子が彼女の遺言だと思っている。いろいろな国の言葉に翻訳してもらっているところだが、日本語に訳してもらえないか」という依頼がありました。もちろん快諾すると共に、インターネットでも紹介することを許可していただきました。

 そこで、少しずつ翻訳しながらご紹介していきたいと思います。わかりにくいところや疑問に思われるところは、ぜひご質問ください。

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☆ アティテューディナル・ヒーリングの定義 ☆

 アティテューディナル・ヒーリングというのは、単に、私たちの態度を変えるというものではありません。むしろ、物事を怖れる気持ちを手放すことを意識的に選択していくということなのです。アティテューディナル・ヒーリングは、自分、他人、世界を、裁くことなく見られるようになるためのスピリチュアルな道です。目標は行動を変えることではなく、変化のための最も強力な手段、つまり、「心」のあり方を変えることなのです。

 心の平和というただ一つの目標を持ち、「許し」の実行というただ一つの機能を果たしていくことは可能です。その中で、私たちは人間関係を癒し、心の平和を感じ、怖れを手放すことができます。自分の中にあるエネルギーとつながるときに、アティテューディナル・ヒーリングは私たちの人生における創造的な力になるのです。

☆ アティテューディナル・ヒーリングの12の原則 ☆

1 私たちの本質は愛であり、愛は永遠である

 愛というものは、うまく説明できるものではありません。経験することだけができるものです。アティテューディナル・ヒーリングにおいても、愛は定義づけるよりも経験するものです。

 愛はエネルギーです。不変で永遠のものです。科学者たちが「生命力」と呼ぶもので、未だに測定はできないけれども、存在は誰もが知っているものです。私たちの中を流れる純粋なエネルギーです。痛みや、不安、怒り、さまざまな形で現れる怖れによって妨げられることがなければ、私たちは愛の本質を認識することができますし、心の平和を感じられるようになります。

 大切なことは、私たちの心の曇りをとるように常に努め、そこには愛のエネルギーしかないのだということ、そして、「負の感情」と呼んでいるもののために愛を感じることができないのだということを認識することです。私たちの人生が、自らを愛し、他人にもその愛を与えるためのものなのだということを体験できるようになります。

 これは、世間の大部分の人が考えている愛とは違います。一般に、愛というのは、誰か他の人から「得る」ものです。愛が「足りなくなるかもしれない」という怖れとセットになっています。この怖れの中で生きてしまうと、愛を惜しげなく与えることができなくなってしまいます。それはエゴの仕業です。愛は、測定できるようなものではなく、分かち合うためにあるのです。

 愛の本質は、身体の癒しにも重要な役割を果たします。私たちのセンターのグループの一つで、50代半ばの女性が、もう9年も慢性的な背中の痛みに悩まされてきたと不満を述べていました。この痛みから解放されたことは一瞬たりともなかったと言いました。私たちは、一つの実験に参加していただけないかと彼女に頼みました。彼女は了解しました。私たちは約15名のグループの参加者たちに、30秒ほどこの女性に愛を送ってもらえないかと頼みました。すべての参加者が了解しました。それから、今度はその女性に、グループの参加者たちに向けて同じことをしてくれないかと頼みました。つまり、グループが彼女に愛を送るのと同時に彼女がグループに愛を送るのです。彼女は了解し、私たちは始めました。
 それは、私たちが一つだけの目標――他の人に愛を送るという――に集中したすばらしい30秒間でした。30秒が終わったとき、参加者たちはその結果を話し合おうとしました。私たちファシリテーターはそれをしないように注意し、グループミーティングでの話し合いはそれ以前よりも深いレベルで続けられました。ミーティングの終わりに、背中の痛みの女性が興奮した様子で言いました。「どうしても我慢できません。この1時間、背中の痛みがすっかり消えていたということを皆さんにどうしてもお伝えしたいんです」

 これは、ずっと以前に起こったことですが、信頼することについてのレッスンとして私の中に永遠に植えつけられています。このミーティングで起こったことは、見たり測定したりできるようなものではありません。そのとき私に起こっていた唯一のことは、この女性に対して愛を感じようとする意思だけでした。私の目標は彼女の痛みをとることでも、自分の気持ちを良くしようということでも、何でもありませんでした。それは、ただそのときに集中し、愛を送り、結果については心配しない、ということでした。人の気持ちははっきりと送ることができるもので、別の人がそれを深いレベルで感じることができるのだということを私に認識させてくれた強力なレッスンでした。

☆☆☆

(☆☆☆ではさまれた部分は、パトリシア・ロビンソン著「アティテューディナル・ヒーリングの原則の定義」の邦訳)

★★ グループ対人関係療法の訳書を出版しました。注目の対人関係療法、初めてのグループ療法版です。 ★★

アメリカ報告5 ―― ゲイのカウボーイ映画

 このタイトルに「?」と思われた方もいらっしゃるかと思いますが、実は、今アメリカで大変ホットな話題になっているのがこの映画です。

 Brokeback Mountainという映画なのですが、単なるカウボーイ映画かと思いきや、実はゲイの恋愛映画、というものです。なぜ話題になっているのかというと、アメリカでは、(ブッシュ大統領を見ればわかりますが)カウボーイというのは「男らしさ」の象徴。そのカウボーイがゲイだという設定そのものが、一部の人たちには受け入れがたいことになっているのです。

 聞くところによると、すでにユタ州ではこの映画を上映禁止にしたそうです。「そんなの憲法違反では?」とアメリカ人に質問してみましたが、「ユタでは14歳の少女との結婚が許されているのだ。あそこは私的クラブみたいな州だから、自分たちが決めれば何でも許されるらしい」との答えでした。
 とにかく、そのくらいに、赤の州(赤は共和党の色。赤の州というのは、大統領選でブッシュが勝った、保守的な州ということ。ちなみに、青は民主党の色で、カリフォルニアは青の州ということになります)を中心として反発が強いそうなのです。

 ただ、12月9日にたった6つの映画館(もちろん、サンフランシスコ、ニューヨーク、ロサンゼルスといった場所の映画館)で封切られたこの映画は、先週は683軒の映画館で上映されるまでに広がってきています(それでも、人気映画に比べればまだまだ3分の1以下という規模だそうです)。サンフランシスコやニューヨークだけではなく、リトルロック(アーカンソー州)やバーミングハム(アラバマ州)といった南部の都市でも予想以上に多くの人が観たそうで、アメリカが今や単に「赤の州」「青の州」に分けられるわけでもない、ということを示しているようです。
 この映画が今年のアカデミー賞のオスカーを受賞する可能性が高い、ということになって、騒ぎが大きくなっているようです。オスカーを受賞すれば、もっと多くの映画館が上映するようになり、「アメリカにゲイが広がる」と懸念している保守層がいるとか。ゲイについて全く理解していないといわざるを得ませんが、それほど恐怖が強いようなのです。

 私はまだ観ていませんが、実際に観た人の話を聞くと、「とにかく素晴らしい映画で、偏見が全くなくなった」という人から、「陳腐なラブストーリー。ゲイに対する偏見はもともとないが、映画としてはつまらない」という人まで、さまざま。ただ、ゲイも要するに人を愛する人間なのだということを描き出し、これだけ社会的な議論を引き起こしたという点では、やはり優れた映画なのだと思います。機会があったらぜひ観てみたいと思っています。

アメリカ報告5 ―― コミュニティ・サービスとしてのアティテューディナル・ヒーリング(その2)

 前々回の報告で、アティテューディナル・ヒーリング・センターで提供しているグループのテーマをご紹介しましたが、グループがどのように運営されているかというところが、センターの鍵だと思います。

 グループは、ファシリテーター(グループでの話し合いを促進する人)数名と、参加者によって運営されます。精神療法や患者教育のためのグループなどでは、もっと構造化されていることが一般的ですが、アティテューディナル・ヒーリングのグループは、完全に自由参加で、いつでも誰でも参加することができます。何年にもわたって毎週参加している人もいる一方で、時々思い出したようにやってくる人もいて、人それぞれの形で参加しています。
 グループ参加は無料です。毎週水曜日の子どものグループだけは、さらに無料で夕食も提供します。あるレストランが定期的においしい料理を寄付してくれるほかは、センターの経費でまかないます。これはセンター始まって以来の伝統だそうです。
 
 ファシリテーターは、センターで規定したトレーニングを受けた人がなりますが、基本的にボランティアであり、さらに、「転移癌を持つ女性のグループ」であれば、自らも転移癌を持っている女性がファシリテーターをやっていたり、と、当事者であるケースも多いです。これは、まずは自分がグループに参加して救われたという体験から、アティテューディナル・ヒーリングの価値を実感し、トレーニングを受けて、ボランティアとしてファシリテーターを務める、ということのようです。

 このことからもわかるように、アティテューディナル・ヒーリングのグループは、治療グループではなくピアサポート(同じ立場の人たちの助け合い)グループなのです。ですから、サービスを提供する人とされる人という区別はありません。この姿勢は、アティテューディナル・ヒーリングのグループ運営のガイドライン(指針)を見ればもっとよくわかります。

 ガイドラインは全部で9項目あり、アティテューディナル・ヒーリングの原則12項目とともに、グループの始めに参加者が順番に読み上げていきます。12項目の全体は後日ご紹介したいと思いますが、ピアサポートのあり方をご理解いただく上で特に重要なものだけここで抜粋します。

★★★
2 ここにいる目的は自分たちを癒すことです。他人に助言をしたり誰かの信念や行動を変えたりするためにいるのではありません。自分をありのままに受け入れてもらえると、他人を受け入れやすくなります。

4 私たちはそれぞれが独特な存在だということを尊重します。大切なのはそれぞれの人のプロセスなのであって、それを裁くことではないと認識します。

6 生徒と教師の役割は入れ替えることができます。年齢や経験にかかわりなく、お互いが生徒になったり教師になったりします。
★★★

 第2項目で述べられている「助言しない」ということはアティテューディナル・ヒーリングの命のようなものです。正解はその人の中にあるのであって、それを自らが見つけ出すために支えるという姿勢が貫かれています。ある人の話に関連して何かを言いたくなったときは、その人に対する意見という形ではなく、あくまでも自分の経験から自分が話すという形をとります。
 参加者の意見を聞いてみると、助言されないという環境はやはりとても安心できるそうです。自分のプロセスを自分で経ていくことができるからです。ただただ愛情をもって聞いてもらえる環境、そして、助言に対して身構えなくて良い環境、これが自分のアティテュード(心の姿勢)を変えるためには必要な要素なのです。

 アティテューディナル・ヒーリングについては、まだまだ続きます。

アメリカ報告4 ――多様性に富んだカリフォルニアで感じること――

 北カリフォルニアに落ち着いて1ヶ月がたちましたが、本当にこちらではストレスを感じることがほとんどありません。困難がない、という意味ではなく、不愉快な思いをしたり閉塞感を感じたりすることがほとんどないのです。

 なぜなのだろう、と、日本と北カリフォルニアの違いをここのところよく考えているのですが、その理由の中の主なものに多様性と言語があると思います。

 たとえば、日本にいるときには、他人から意見を押しつけられていると感じることや、「どうしてこういう失礼な言い方ができるのだろう」と不思議に思うことがよくあったのですが、こちらではほとんどそういうことがありません。こちらに長く住む日本人になぜだと思うかと聞いたところ、「日本はみんな同じだと思っているからでしょう。こちらでは、あまりにもそれぞれの背景が違いすぎて、単一の価値観を押しつけるなんてことは恐ろしくてできない」と言っていました。確かにその通りで、こちらでは、それぞれが違っているというところからすべてがスタートしますから、よく知らない人に「あなたはこうすべきだ」などという意見を述べることなど不可能です。(まったく余計な話ですが、私のセンターで働いているメリッサという若い女性はてっきりメキシコ人だと思っていたのですが、フィリピン人の母親とユダヤ人の父親を持つ人だということがつい先日判明しました。本当にこちらでは顔から人を判断することもできない、と改めて感じました。)
 また、こちらの人は本当に「余計なお世話」をしません。服装など、日本人の感覚からはギョッとするような人にしばしば出会いますが、良いときには「その服すてきね」などとほめますが、「何、その格好」などと非難している人はまったく見たことがありません。

 ただ、この話をすると、多くのアメリカ人が「それは面白い考察だ」と言う一方で、「でも、カリフォルニアの外に出たらぜんぜん違うよ」と、地域差を必ず指摘してくれます。アメリカの地域差はそれはそれは大きく、たとえば、死刑にしても、先日カリフォルニアでは76歳の人に死刑が執行されて新聞の一面に大きく記事が載りましたが(高齢ということで)、カリフォルニアは死刑執行の件数が大変少ない州(つまり死刑に対して慎重な州)である一方、テキサスなどは大変容易に死刑を執行する州だそうです。税金は高いけれども福祉はそれなりにしっかりしていること、労働組合の強さなど、大雑把な言い方をすれば、カリフォルニアはアメリカの中でもヨーロッパ型の州なのだと思います。
 ちなみに、リベラルなカリフォルニアは大統領選でももちろん反ブッシュの州でした。私の身近でも「ブッシュを弾劾せよ!」という靴下を履いた人や垂れ幕を窓からたらしている家を見かけます。先日、小学校5年生が「ブッシュは嫌いだ」と言うので、どこが嫌いなのかと聞いたら、「戦争をやっていることと、ホームレスの面倒を見ないこと」と言っていました。その意識の高さに感心して、あなたは特別な子どもなのかと聞いたら、友達ともそんな話をしているよと言っていました。
 リベラルなカリフォルニアの中でも特にリベラルなサンフランシスコはアメリカ政治独特の争点である中絶についても、中絶反対派の人たちの標的となっていて、近々大規模なデモが行われるそうです。当然、受けて立つほうも「選択の自由」を掲げて、大規模なデモを行うようです。この二つのデモが鉢合わせないように、警察は必死で知恵を絞っているという噂です。

 カリフォルニアは税金が高くてビジネスにならない、などとぼやく人もいますが(シュワルツネッガーが知事選に出たときの公約がそれだったそうですが、何もなされていないそうです)、基本的に、カリフォルニアの多様性を愛している人が多いようです。私もその一人です。

 カリフォルニアの場合は人間の多様性が一目瞭然なので誰もがそれを尊重しますが、日本では多様性がまだ事実として認識されていないところに問題があるのではないかと思います。人間は人それぞれ違っているもので、どの国の人も本当は多様なのに、それが当然のこととして認められていない社会では、「価値観の押しつけ」に苦しむ人が多いということではないでしょうか。

 もう一つの要因である言語ですが、ここのところつくづく日本語と英語の違いを考えています。日本語と異なり、英語は基本的に性別・世代中立的な言語です。また、関係の距離が言語に反映されることも基本的にありません。つまり、初対面であっても、性別がどうであろうと、世代の違いがあろうと、基本的に同じ言葉を使うということです。これがどういう結果につながるかというと、外的要因にとらわれずに、伝えたいメッセージの内容だけに集中できるということになります。これはなかなか心地よいもので、日本でしばしば感じる「どのくらいくだけた言葉を使おうか」という悩みからは完全に解放されています。もちろんこちらは英語を母語としない立場ですから、語彙など別の悩みはありますが・・・。

 なお、前回のメールマガジンに対して、私が感じている教育の「良さ」に共感してくださるメールをたくさんいただきありがとうございました。こんなに良い学校ばかりではないはずなので、アメリカの教育制度全体について包括的な報告をすべきだというご意見もいただきましたが、今回の渡米はあくまでもアティテューディナル・ヒーリング・センターでの私の研修兼ボランティアが目的で、アメリカの教育制度の視察に来ているものではありません。ですから、私の現在の生活からは、アメリカの教育制度の全体を論じるような余裕もありませんし、そのような意思もありません。皆さまにご報告しているのは、あくまでも一人の保護者として体験した事実ですので、決して包括的なものではありません。私が、アメリカの中でもおそらく最も恵まれている地域の一つであるカリフォルニア州マリン郡に住んでいるということも考慮に入れる必要はあると思います。

 ただ、教育とは結局、子どもなり保護者なりに及ぼす影響がすべてなのではないでしょうか。そして、他国の教育を当事者として経験できるというのは大変貴重な機会だと思っています。ですから、教育制度を大所高所から論じることよりも、ここでは、日常の些事をご報告していきたいと思っています。ご理解をいただければ幸いです。

 また長くなってしまったので、アティテューディナル・ヒーリングの続きは次回にしますが、日中のボランティアに加えて連夜グループに出席する上に、週末もここのところトレーニングが続き、宿題も多いので、なかなか忙しくなってきました。

アメリカ報告3―――コミュニティ・サービスとしてのアティテューディナル・ヒーリング

 子どもの学校が落ち着くまでは子ども中心に生活していたのですが、どうやら軌道に乗り始めたので、アティテューディナル・ヒーリング・センターでの研修兼ボランティアも本格的に始めました。

 これから少しずつご報告していこうと思いますが、まずはセンターの概観を述べたいと思います。創始者のジャンポルスキー博士も私も精神科医だということもあって、センターを病院や学究機関だと思われている方もいらっしゃるようですが、そうではなく、センターはあくまでも市民同士の助け合いの場としてのコミュニティ・サービスとして位置づけられます。

 センターはさまざまなサービスを提供していますが、その中心であるピアサポートグループ(仲間同士の助け合いのグループ)は、現在、以下のようなスケジュールになっています。

月曜日 10:00-12:00 慢性疾患と共に生きる
    17:00-19:00 Person-to-Person(特に病気などがあるわけではないが、自分の生き方にアティテューディナル・ヒーリングを取り入れたい人のグループ)
    19:30-21:30 Person-to-Person
    19:30-21:30 転移癌を持つ女性とその夫のグループ

火曜日 17:00-19:00 ゲイの男性のグループ
    19:30-21:30 致命的な病気を持つ人のグループ
    19:30-21:30 介護者のグループ
    19:30-21:30 配偶者を失った人のグループ

水曜日 10:00-12:00 加齢を考えるグループ
    10:30-12:00 転移癌の女性のグループ
    19:00-21:00 男性のストレス
    18:45-20:00 子どものグループ(第1週・第3週は病気を持つ子どもたち、第2週・第4週は近親者を失った子どもたち)
    18:45-20:00 上記の子どもたちの親のグループ

木曜日 10:00-12:00 Person-to-Person
    19:00-21:00 子どもを失った親のグループ
    19:00-21:00 HIV/エイズの人のグループ
    19:00-21:00 親しい人を失った人たちのグループ
 
長くなってきたので、また次回に続けます。

アメリカ報告3―――娘がチャータースクールに通い始めて」

 下の子ども(4歳)は昨年からモンテッソーリの保育園に通っていましたが、上の子ども(7歳)は今年の新学期からチャータースクールに通い始めました。さすがに7歳になると、英語がまったくしゃべれずにアメリカの学校に行くことがどういうことかを理解できますし、娘の日本の学校には日本語をまったくしゃべれずに入学・転校してきたクラスメートも複数いますので、自分に何が起こるかを十分に予測していた娘は、「学校に行きたくない」とずっと不平をこぼしていました。ただ、先行して保育園に通い始めた弟を励ましているうちに、自分もしっかりしなければと思ったようで、観念して通い始めました。

 ところが、初日から、娘の学校観は見事に変わってしまいました。そして、今では楽しそうに学校に通っています。何といっても、先生や友達の温かい支えが大きいです。みんな、少しでも日本語を覚えて娘とコミュニケーションしようと努力してくれますし(「もうじき娘も英語を覚えるから大丈夫よ」と言っても、「ううん、私たちも日本語を覚える」と言ってくれますので、英語ができないということで人格が否定されるわけではないということを示そうとしてくれているのだと思います)、娘が一人にならないように、学校でも学童保育でも、友達が気を遣ってくれます。

 娘のいる2年生は学校で一番人数の多いクラスなのですが、それでも19人で、担任と副担任の先生が二人でみてくださいます(カリフォルニアは州法の規定によって、3年生までは20人以下学級とすることが決められています)。教室の構造は日本の学校とは違い、先生の立つ場所をぐるりと囲むようにクラスの全員が座ります。ですから、席が前の子も後ろの子もおらず、皆が顔を見合える状態で座っています。
 学校が始まる前に担任の先生からクラスの基本的なルールを教えていただいたのですが、

(1) 授業中にトイレに行きたくなったら、手を握った状態(グーの形)で挙手をすれば、ホワイトボードにイニシャルを書いて出て行って良い。

(2) 本当に具合が悪くなったとき(吐きそうなときなど)は、とにかく外に出るなりトイレに行くなりして良い。

(3) 水(教室に飲水用の蛇口がある)は、休憩時間のみに飲むこと。作業の授業中は飲んでよい。

(4) 授業中の態度に問題があれば、まずホワイトボードに名前が書かれる。さらに問題があれば、その名前にチェックマークがつけられる。このチェックマークが二つになると、名前が丸で囲まれ、休憩時間なしとなる。

(5) 授業中の態度がとてもよい場合には、机の上のシールに先生がしるしをつけていく。このマークが30個たまると、記念のシールがもらえる。

(6) クラス全体の態度がとてもよい場合には、教室の前に貼ってある紙にマークがつく。これが100個たまると、クラスでパーティーをする。

 というきわめて単純なルールに基づいてクラスが運営されています。単純だけれどもなるほどと思わされるのは、まず、生理的な問題で子どもに不当な我慢を強いていないこと。また、悪いことをした場合も、先生の感情ですぐに怒られるのではなく、きちんとしたルールに基づいて、自分がどのくらい「休憩なし」に近づいているのかを自分で確認できること。これらは実社会においてもとても重要な原則だと思います。なんだかわからないルールで不当に自分を押し込めるのではなく、納得しながら責任を取っていくことは重要だからです。
 
 もう一つ感心しているのは、学校の先生がよくほめてくれるということです。私が(日本風に)「娘はご迷惑をおかけしていないでしょうか」というようなことを言うと、「ちゃんとやっていますよ。あなたは娘が良い子だということを知っているでしょう」とむしろ諌められますし、「彼女は本当に賢いし、良い子です。彼女の担任ができることはとても幸せなこと。あなたは娘のことを誇りに思うべきです」などと言ってくれます。もちろん初めてのことなので、とても嬉しいですが、ここでも感心することは、子どもを親の付属物のように言わないで、独立した人格として扱ってくれることです。

 娘はこちらでも学童保育のお世話になっているのですが、学童は校長室とメインオフィス(職員室というものがないので、ここが唯一の全校的な場所。といっても、女性が一人いていろいろと事務的なことを管理してくれているだけですが)の隣という、学校の中心に位置していて、雰囲気は日本の学童とそっくりです。日本と同様、娘にとって学童はかなりくつろげる楽しい場所のようです。

 アメリカは先進国の中でも出生率のかなり高い国ですが、暮らしてみるとそれを肌で感じます。私が住んでいるアパートは、4世帯が一つのブロックになっているのですが、同じ階の2世帯に、娘と同じ年頃の子どもたちが住んでいます(つまり、一つの階の4分の3に学齢期の子どもがいる)。我が家を含めて3世帯の子どもたちが、それぞれの家を訪問しあいながら、あるいは、アパートのすぐ下にある公園で、仲良く(時にはケンカをしながら)遊んでいる姿は見ていて嬉しくなります。ここも多国籍で、隣の家はインド人、その隣は金髪のアメリカ人です。金髪の女の子が、隣のインド人の赤ちゃんを抱っこしてあやしている姿は、なかなか良いものです。もちろん、そんなアメリカでも、「昔は暗くなるまで外で遊ぶのが子どもの仕事だった。今は危なくてそんなことはできない」と年配者が嘆く姿は日本と同じですが。