「雅子妃問題」

先日、週刊女性の依頼を受けて寄稿した「雅子妃問題」の原稿が11月4日発売号に載りましたが、「おもしろかった」という声をいくつかいただきましたので、ご紹介させていただきます。(今売られているよりも前の号です)
この問題については、かねてから、心の病を持った一人の女性という観点と、皇室という仕組みの問題からの観点が混乱していると感じていましたので、この機会に整理させていただいたものです。

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雅子妃問題に見られる二つの混乱

私は直接雅子妃を診ている立場でもありませんので具体論は避けますが、一般論として、この問題には大きく二つの混乱があると思います。
第一に、そもそも皇室は「家庭」なのか「仕事」なのかがはっきりしない、ということです。公務をこなすというだけの「仕事」であれば、一般の職場の感覚として、確かに5年間働けていないということは問題視して良いことかもしれません。でも、「象徴天皇制」という言葉のあいまいさから来ることですが、「象徴的な家庭を作る」ことも皇室の「仕事」の要素だとしたら、家族が病気になったときにどう対応するか、という点でも「象徴的な家庭」を作ることが必要でしょう。うつ病なのに家族の理解が得られず、「できの悪いヨメ」として見られて苦しんでいる女性もたくさんいます。「象徴家族」がどう対応するかが、そういう人へのメッセージになるでしょう。皇室を支える納税者である国民のニーズはどこにあるのでしょうか。天皇制に求めるものを、冷静に考えてみる機会になると思います。
第二に、「病気」と「気合い」が混同されていることが挙げられます。これはひとえに、心の病についての知識不足からくるものです。例えば、雅子妃が長患いを余儀なくされる身体疾患にかかっていたとしたら、事態はずいぶん違っていたでしょう。「雅子妃には公務は無理だ」という前提のもとに、環境調整がされ、それについて不満に思ったりハッパをかけたりする人はあまりいなかったと思います。
うつ病などの心の病も、身体疾患と対等な病気です。治療法についても多くの科学的研究がなされ、明確になってきています。「自覚が足りない」「気合いで何とかすべき」と言っている人たちは、まるで、手術で治癒することが可能ながんを呪術で治すべきだと主張しているようなものです。皇室の方たちも、がんに対する手術をはじめ、現代医学の恩恵にあずかってきたはずです。
私が専門としている「対人関係療法」は、うつ病(適応障害もそれに準ずるものとして考えられます)に対して、薬と同じだけの効果があることが科学的に確認されている2つの精神療法のうち1つですが、きちんとした治療マニュアルがあります。そこでの考え方は、まさに雅子妃のケースにも当てはまると思います。つまり、「病気の症状は、長引くと、周囲からネガティブな反応を引き起こす。それが本人の症状に、さらなる悪影響を与える」というものです。ですから、治療においては、ご本人だけでなく周囲の人たちにも病気についての教育をし、治療にプラスな行動をとってもらうようにします。その際には、患者さんご本人が何を期待しているのか、周囲は何を期待しているのかを明確にし、よく話し合っていきます。雅子妃の場合、「周囲の人たち」には、ご家族のみならず、「職場の人たち」(官僚組織)も含まれるわけですが、対人関係療法の言葉を使えば、現状は、「役割をめぐる不和が行き詰まりに達した状態」と呼ぶことができます。こうした対人関係上の調整も含めて、もっといろいろなことが明らかにされれば、国民が現代の精神医学のレベルが案外高いということを知る機会にもなるでしょう。
うつ病などがこれだけ蔓延している現代社会です。それにどう対応するか、ということも「象徴」の方たちには求められているのではないでしょうか。