【新刊】『それでいい。 自分を認めてラクになる対人関係入門』を刊行しました

細川貂々さんとの共著『それでいい。 自分を認めてラクになる対人関係入門 』を刊行しましたのでお知らせいたします。一部書店では明日(22日)からの販売になるようです。

内容紹介
(出版社より)
ネガティブな人生をラクにするコツは、「当たり前の気持ち」を受け入れて、自分を認めること。 “ネガティブ思考クイーン”の漫画家・細川貂々が、精神科医で「対人関係療法」の第一人者・水島広子に会いに行く、等身大の成長物語。

ネガティブな性格で生きづらい、自分を“ダメ人間”と思ってしまう、コミュニケーションのとり方がわからない、そもそも人づきあいがニガテ、ネガティブな人を引き寄せてしまう、人に振り回されることが多くて疲れる……etc。

そんな人生をラクにするコツは、「当たり前の気持ち」を受け入れて、自分を認めること。そのヒケツは、対人関係の「ズレ」と「役割期待」にあり。対人関係が健康であれば心も健康であり、対人関係に自信があれば人生にも自信がもてる。生きづらさを克服するための対人関係入門書。 *

著者より(細川貂々)

「自分を認める」ことが鍵なんじゃないかと思ってます。
私は自分自身が嫌いだったので、ダイエットしてみたり、お化粧したり、
好きな服を着たり、習い事に行ったり、ベストセラーを出してみたり、
いわゆる「自分磨き」のようなことをしてみたんですけど、
どんなことをしたって自分が世の中で大嫌いだという事実は変わりませんでした。
何をしても「やっぱり自分はダメ人間」に戻って来てしまうのです。
それで「こんな自分は必要としてくれる人なんか居ないから死んだ方がいい」という考え方につながります。
簡単に「死んだ方がマシ」という思考になることは、20代の頃からずっとだったし、
付け焼き刃的なことをしても修正が効かないんです。

それで水島先生に出会って「今の自分を認めて受け入れなさい」と言われました。
「それが出来ないと何も始まらない。自分で自分を温めてあげなくちゃ。そういうことを人間は出来るよ。」

最初それを聞いた時に「無理」って思いました。
こんなにダメ人間な自分を認めるなんて出来るわけがない、と。
でも「自分をダメ人間」だと思ってしまう思考は
気分変調性障害の症状じゃないかということを水島先生から聞いたんです。
それで気分変調性障害の本を読んだら、そこに自分自身のことが書いてありました。
今まで自分が生きて来た極端な思考や行動は気分変調性障害の症状そのものだと知ったんです
(気分変調性障害は病気で治療しないと治りませんが、私は日常生活を普通に送れてきたので、
病気と健康の中間地点に居たようです)。
だったら自分は変われるのかも知れない、と思いました。

それで「自分を認める練習」を始めました。
最初はホントに辛かったんですけど、そのうち私にとって「それでいい」はお守りの言葉になりました。
そのままの自分を認められるのって楽なんです。安心出来るんです。
今は「自分を認める練習」を始めて9ヶ月になるんですけど、
ようやく「こんな自分がいてもいいのかも」と思えるようになりました。
生きにくくて辛い人は自分を認めることから始めてください。
過去は変えられないけど、未来はいくらでも変えられる。
未来をどうしたいかは、今を大事に生きることで変わって来ます。
今の自分を認めて大事に思ってください。

◆第1章【悩み編】ネガティブ思考でいいんです。

てんてん、対人関係療法に出会う
(悩み・1)ネガティブな性格で生きづらい!
(悩み・2)ネガティブな自分がイヤなんです!
(悩み・3)ネガティブな人って嫌われますよね?!
(悩み・4)期待に応えられない自分を“ダメ人間”と思ってしまいます!
(悩み・5)そもそも人づきあいがニガテなんです!
(悩み・6)やっぱりコミュニケーションのとり方がわからない!
(悩み・7)SNSや仕事づきあいでの接し方がわからない!
(悩み・8)よく勘違いされます!

【水島広子の対人関係カウンセリング】
対人関係療法って?
人として当たり前の感情
「それでいい。」と自分を認める
反応の誘導は「束縛」という暴力
怒っていい。言葉でちゃんと伝えるだけ
周りを優秀でカンペキと思い込まない
対人関係をチェックする(重要な他者) 役割期待のズレがストレスを生む

◆第2章【解決編】対人関係の大問題――「ズレ」と「役割期待」

(ズレのパターン・1)間接的であいまいな言葉
(ズレのパターン・2)言葉を使わないコミュニケーション
(ズレのパターン・3)沈黙する
(コミュニケーションの悪いクセ)自分を苦しめる勝手な思い込み
(ズレをつくらないために)ズレをうめる共通理解
(それでもズレてしまった時)ふたつの方法
(役割期待)当たり前を確認するだけで器用になれる
(大切な行動・1)言いわけの技術
(大切な行動・2)ぐちの技術

【水島広子の対人関係カウンセリング】
「言葉」がコミュニケーションを成長させる
役割期待への応え方

◆第3章【成長編】ちょっとずつ変わっていける。

振り返るとクセが見えてくる
だいたいは許せる~日常生活の人間関係を振り返って
妥協しよう
自然のまま、ありのまま 恵まれた出会いのなかで
今、私がしてる練習

【水島広子の対人関係カウンセリング】
どんな人も頑張っている

著者について
細川貂々(ほそかわ・てんてん)
1969年生まれ。セツ・モードセミナー出身。漫画家・イラストレーター。
1996年、集英社『ぶ~けDX』にてデビュー。
パートナーの闘病を描いたコミックエッセイ『ツレがうつになりまして。』
『イグアナの嫁』シリーズ(幻冬舎)は映画化、ドラマ化もされた著作。
男親中心の育児を描いた『ツレパパ』シリーズ(朝日新聞出版)、
自身の職業遍歴を描いた『どーすんの私』シリーズ(小学館)なども出版。
また、母娘問題に切り込んだ『それでも母が大好きです』(朝日新聞出版)や、
宝塚歌劇の歴史を描いた『タカラヅカ 夢の時間紀行』(亜紀書房)を上梓している。
創元社 1,296円(税込)

ご購入
Amazon http://amzn.to/2tonseb

2017年3月のツイートより(抜粋)

2017年3月のツイートより(抜粋)

2017年3月のツイートのうち、反響の大きかったものを抜粋してまとめました。
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3月2日(木)
文庫「『他人の目』が気になる人へ」が増刷になるとの連絡。この本はタイトルを決めるときにしつこく粘って受け入れてもらえた本。副題通り「自分らしくのびのびと生きるヒント」になりますように。 http://amzn.to/2mcGNOy

 

地方でのAHのワークショップのときに、現地だけでなく隣県とかからもお手伝いに来てくださる方がいるのは、何となく根っこが太くなったような、心強い感覚をもたらしてくれますよね。

 

「女子の人間関係」を除いて、私の本は、「ベストセラー」ではなく「ロングセラー」。すっかり忘れて、全く違う仕事を黙々とやっているときに増刷のお知らせなどが届く。これはサプライズで結構嬉しい。つまり、「ロングセラー」を認めてくれない版元とは相性が悪いということでもある。

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3月3日(金)
ポリティカル・コレクトネスも、「形」であって、どういうエネルギーで扱うかが大切なのだと思う。言葉狩りのように排除や批判という「怖れ」のエネルギーで扱うと、結局「怖れ」で自由や創造性もなくなるということなのだろう。人の多様性を尊重する温かいエネルギーで扱いたい。

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3月4日(土)
(1)私はかつて、国際摂食障害学会(AED)のメディア対策委員会の日本代表を務めていたが、摂食障害についての日本のメディアのあまりのレベルの低さ(有名人が摂食障害になった、という程度のニュースしかない!)に、活動の意味を見いだせずに休職中。

 

(2)日本摂食障害学会が、メディアとより意味のある関係を作ると共に、私の代わりの人材を国際学会にも出してほしいということを当時の理事長に伝えたところ、「代わりが見つかるまでは評議員を務めてほしい」と言われて、会費の高い評議員に就任せざるを得なくなった。

 

(3)私は、対人関係療法を用いた摂食障害の治療にかなりの自信と実績があるが、日本摂食障害学会からは無視されてはいないものの重視もされておらず、いつまでも変わらない模様。最近、某セレブをめぐってだと思うのだが、「拒食症とは」の取材が増えた。時期性もあって全部断っている。

 

(4)ひとたび「摂食障害の専門家」を名乗ってしまった人たちにとって、「実は別のやり方の方が効果的でした」と認めることは難しいだろうと理解するが、認知行動療法で重度の摂食障害を治した治療者がいるのなら教えてほしい。既得権を守るため患者さんの利益を損なわないでほしい。

 

最近、私のクリニックで思春期の新しい患者さんを受け入れることを再開してますます思うのは、摂食障害の「治療」が、患者さんに新たなトラウマ体験を与えることにしかなっていないケースが目立つということ。治し方がわからなければ、確かに「怖れ」から不適切な対処をするのだろうな。

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3月5日(日)
クリニックでの外来治療だけになってからの私は、チューブ栄養の患者さんを退院させて責任を持ってきたこともあるし、栄養剤を机の上に置いて1時間患者さんを説得して飲んでもらったこともある。強制栄養の受け入れも、その位置づけ次第だと思う。「命の危険が・・」だけでは不適切。

 

あーあ、私はますます日本国内の摂食障害治療者たちから嫌われていくのだろうな。でも私にとっては、常に患者さんの回復と成長が第一。それを共有してくれる治療者仲間が増えてきたことは、何よりの幸せ。

 

例えば、私にとって嬉しいニュースは、認知行動療法で開業した若い精神科医が、「摂食障害についてはやはり対人関係療法」という認識のもと、研究会に参加して学んでくれ、患者さんを引き受けてくれること。患者さんを第一に考えられる治療者には、こういう柔軟性がある。

 

摂食障害についての取材を受けにくいのは、例えば複雑性PTSDの人が、症状への対処法として摂食障害を発症する場合も多いことや、非定型発達の人が摂食障害を「こだわり行動」にしている場合も多いことが背景。シンプルな摂食障害の人は、拙著を読んで回復軌道に乗ることも少なくない。

 

今は、対人関係療法研究会の参加者が提出した症例を読んでいるところだが(当日に発表する人を決めなければならない)、皆さん、保険適応でもない対人関係療法を使って少しでも患者さんの役に立とうとしている姿が伝わってきて感動する。

 

治療者は私のことをさらに嫌いになるだろうと書きましたが、精神科医療全体のことを考えてくださっている尊敬すべき大御所たちは、対人関係療法の味方です。研究会の顧問リストの豪華さを見てください。私が尊敬する先生方です。 http://bit.ly/2lIpmRL

 

今日というか昨日というか、本の校正をしながら思ったのは、「いわゆる『炎上』というのは、評価の押し付け合いなのだな」ということ。

 

昨日~今日といろいろ書いてきて、ぐれていた私は健在なんだな、と改めて思った。長きに流されず、自分が思ったことを言う。若い頃に比べれば社会性も身につけたけれども、「どうしても」というところの態度は変わらないのだな。もちろん、礼儀はわきまえるつもりだけれど。

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3月6日(月)
カルト関連の子の治療はとても難しい。本人は症状に悩んでいて抜け出したいと思う。でも、親や幼少期の「基本方針」を否定するだけの基盤がないし、今でも「べき」に縛られている。偏狭な価値観を持った親であっても「よかれ」と思ってやっていた、という事実もことを難しくする。https://goo.gl/4gXMYy

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3月8日(水)
今日知ったが、4月・5月・6月と続けて本が刊行されるらしく(原稿を書いた時期はバラバラなのだが)、にわかに校正地獄に陥ってきた。私は校正も丁寧にする方なので(逆に言えば赤字が多くて評判が悪い)、時間的に大丈夫か、不安。4月の本の校正は来週からと言うが、間に合うのかな。

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3月9日(木)
どうして自分の場合校正の赤字が多いのかと考えてみたが、それは執筆時から校正時までの変化(進歩?)を反映しているのだと思う。例えば仕事をしながら1週間で書き上げ、すぐに校正→刊行と進んだ「トラウマの現実に向き合う」は、校正の赤字がほとんどなかったと記憶している。

 

「行き過ぎた自由」などというものはなくて、むしろ被害者意識などの「怖れ」に縛られた不自由のことを人が「行き過ぎた自由」と呼んでいるのだと思う。私はもっと「怖れ」を手放して自由になりたい。そうすることでもっと温かい存在になれると思う。

 

対人関係療法は期間限定の治療法だが、幼少期にひどい虐待を受けた人やカルトに洗脳された人が、16回の治療で「完治」することはない。親が発達障害という場合も、親の行動についてのフォローが必要なので、治療は長引く。でも対人関係療法的アプローチは結果的にとても有効だ。

 

だからと言って、認知行動療法のように対人関係療法が溶けてしまうことを望んでいるわけではない。私は常に「なぜこの患者さんの場合、対人関係療法的アプローチをとりながら治療期間が長引いているのか」の報告書を書ける状態である(どこにも提出を求められていないが)。

 

私は絶対にワーカホリックではないが(むしろ怠け者)、仕事をする程度に時間とエネルギーがあれば、やっぱり仕事をする。かつて後輩が、「仕事が趣味」の先輩を見て「ああはなりたくない」と言っていたが、そんなのどうでもいいんじゃないの?と思う。意義のあることに時間を使いたい。

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3月10日(金)
私は、自由とは人間に与えられた当然の権利(本質)であり、だからこそ、他人を思いやったりする主体的な態度が可能になるのだと思います。「やらされている」のは、自由とは全く違う方向のものですよね。

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3月11日(土)
今日はAHの「劣等感について考えるワークショップ」でした。一日中劣等感のことばかり考えた日ということになりますが(笑)、いつものAHと同じ、温かく明るく深い場になりました。参加者の皆さまに感謝します。
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3月13日(月)
船田氏がこの件について適切な発言をしてくれることを望むが、船田氏が経営する作新学院が、船田氏の選挙運動について衆議院政治倫理審査会で問題とされた事実、そしてそれが地元紙に掲載されなかったという事実は消えない。

 

作新学院についての先程のツイートは、あまり本意ではなかったが、今回の森友学園をめぐる騒動を見て、教育機関が政治に乗っ取られる問題を痛感したので敢えて書くことにした。国会関係者(民進党関係者ではない)にも念のため相談してのこと。

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3月14日(火)
ひどい育てられ方をしてきた人たちですら「親孝行」を諦められないという現実をたくさん見てきて、必要なのは、「親孝行」を徳目として押しつけることではなく、ひどい育てられ方をする子を減らす努力だと心から思う。現場で努力している人たち、親たちの支援をもっと。

 

明日のあさイチは、6時にNHK集合なので早起き。しかし、男性もメイクしてもらうのに、女性の方が集合が1時間早いんですって。

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3月15日(水)

今朝あさイチの待ち時間に私のスタッフから時事・政治関係のニュースの受け止め方を質問された。まずは、自分の意見と合致するニュースだからと言ってそのまま受け入れないこと(メディア・リテラシーの話)。また、ニュースによって感情的になっている自分を見つけたら「怖れ」を見いだすこと。

 

テレビでは言いたいことの0.1%も伝えられない。本なら、かなりの程度伝えることができる。でも、テレビなら、無関係な人にでも伝えられる。本は、手にとってくださった方にしか伝わらない。こういう現実にこれかも向き合っていくのだろうな。自分の年齢や体力も考慮に入れて。

 

今朝のあさイチの感想で「断ればよい、というコメンテーターの意見に共感」が多いのは、今回の企画が「断るのは難しい」を元に作られていて、今朝の生スタジオに入るまで、「断ればいいじゃん」などおよそ禁句だったからだと思う(実際私がそう言ったときはスルーされた)。なんかずれていた。

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3月16日(木)
昨朝のあさイチ。私が事前に私が見たママサークルの録画は、NHKの「やらせ」だが、実際の人間関係を使っているので、日頃の信頼関係などが反映されて心情的にとても複雑なものだった。それを1~2分切り取って、コメンテーターが「友達にお金を頼むなんて」と切り捨てる、とはいかにもテレビ的。

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3月18日(土)
AHは自分の心への取り組み方であって決して他人を変えようとするものではないので、そもそも宣伝になじまない。でも「もっと早くこういう考え方を知っていれば」「義務教育で教えてくれていれば」という感想を聞くと、人に知らせる機会がもっとあってもよいと思う。名案があったら教えてください。

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3月19日(日)
ここがいつも争点となるところなのです。「問題がすっきり解決される!」というタイトルでないと売れないと思っている編集者さんが多く、「それではむしろ読者をバカにしているようだ」派の私とよく対立します。ただ、「すっきり」本に飛びつく人が多いのも事実で、象徴的だと思います。

 

ヤマトの宅急便の方が見えたので「大変ですね。ヤマトさんはあちこちで話題になるでしょう?」と聞いたら「ええ。でもこの辺の方は再配達を入れてくれるのでとても助かっています」「それはよかったです。お身体お大事に!」。再配達の連絡をすることがとても大切なようです。

 

もうオープンにしてよいのではと思うのですが、4月に刊行するのは、すでに入手できない拙著「怒らない子育て」の大幅リニューアル版です。ニーズは確実にあるのに爆発的に売れる性質のものではない…という事情の中、小学館が拾ってくれ、すてきな写真入りの新装版にしてくれます。

 

今日は、新装版「怒らない子育て」(タイトルは決まり次第お知らせします!)の校正をしていたのですが、ちょうど息子が中学を卒業して子離れを本格的にしなければならない今、小さい子どもの子育て本は「できればあの時代をもう一度」感をもたらす、何とも言えない複雑な作業でした。

 

私自身、「子どもっぽくない」「かわいくない」と言われ続けた子どもなので(それ以外にもいろいろあったが)、自分が子どもの頃に家庭生活を楽しむことはできなかった。でも、自分自身が親として子どもを持つことで、小さな子どものいる家庭を楽しむことができた。

 

私の父は74歳で急死したので、93歳のお父様がご存命とは羨ましい限りです。父は死ぬまでカボチャを食べませんでした。「カボチャ=戦争」だったからです。他の方に聞いても「戦争=飢え」という色彩が強いです。飢えるわけがない立場の人たちが、戦争を決めるのは絶対におかしい。

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3月20日(月)

うちの子どもは、脱・子どもの年齢ですが、ちょっと前までは「何でそんなにお子ちゃまなの?」と聞くと、「子どもなんだから、仕方ないでしょ」と答えてくれるくらいに健全で、嬉しいです。親→私への子育ては取り返しがつかなくても、私→子どもの子育てで取り返しがつくのだな、と。

 

今回校正をしながら改めて思ったのは「悪いと思ったら謝罪できる親こそ、尊敬される」ということ。そしてそれが、子どもにも「悪いと思ったら謝罪する」という人の道を示すということ。謝罪は、人間関係に信頼をもたらす、貴重なこと。政治に当てはめるとどうだろう?

 

よい編集者というのは、著者の立場に立つ人(著者になりかわって、勝手に内容を変えたりする人)ではなく、読者の立場に立つ人(ここは一般読者にわかりにくいよ、ということを伝えてくれる人)なのだな、とつくづく思う。

 

私はかつて、ギョッとするほど原稿を書き換えられたことがあって(怖れのエネルギーに!)、しかも印刷されたゲラで渡されたので手書きで赤を入れなければならず、時間さえあれば常に取り組んでいて、自動ドアにも挟まれた(講演前だったのに口の中が出血した)。もちろん売れなかった。

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3月21日(火)
おもしろいもので、娘だけでなく父方祖父とも誕生日が同じです。40を過ぎてからは何となく憂鬱な日になっていましたが、少し前に年をとることへの怖れを手放したので、さわやかな誕生日でした。反抗期が完了した娘からもちょっと泣ける手紙をもらい、嬉しかったです。

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3月22日(水)
水を差すつもりはないのですが。学術、政治の世界に身を置いて思ったのが、「日本は本当に層が薄い」ということ。研究にしても、政治的追及にしても、基本的に一人でやらなければなりません。まあ所詮は三流国ということなのでしょうが、もっと生産的な解決法が知りたいです。 https://goo.gl/OsZ6mY

 

私が羨ましいなと思ったのは、米国では学会発表用のスライドを、手書きで簡単に書くだけで立派なスライドに仕上げてもらえるのに、私は(当時パワーポイントが一般化していなかったので)スライドを自分で撮影する機器を研究費で買って、全部自分でやった。研究も、スライド作りも自分で。

 

私の学位論文は、完全に私一人がやった研究。たまたま国際的な一流誌に「着眼点がおもしろい」と取り上げてもらったのでラッキーだったが、人的資源は私一人のみだった。こういうのって何なんだろう?

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3月23日(木)
AH創始者ジェリー・ジャンポルスキーと早朝の長電話終了。私生活のこと、政治のこと、今書いている本のことなど、いろいろ話した。

 

枝野衆院議員について。私は議員になる前、多くの野党議員が「なあなあ」で質問をしていると思っていた。でも薬害エイズに関する枝野さんの質問を見て考えを変えた。その後自らが議員となって枝野さんと個人的に親しくなり、信頼感が増した。優秀で誠実な人だ。今日の証人喚問もさすがだった。

 

私は3月21日に49歳になった。ジェリー・ジャンポルスキーが、AHの基盤「奇跡のコース」に出会ったのが50歳。その後彼の人生は大きく変わった。だから、50歳というのは一つの希望の年なのだけれど、という話を今朝ジェリーにしたら、「もちろんいいことが待っていると思うよ」と。

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3月27日(月)

私が「日本人は卑屈だな」と感じるのは、外国語表記するときに平気で自分の名前を名・姓の順にするようなとき。そのくせ日本語表記では日本式の姓名の順にしない(ドナルド・トランプとか)。自国文化にもっと誇りを持ってよいと思うのはそういうときなのだが。

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3月28日(火)

かつて、「え?」と思うような、「スピリチュアル」な場所で(私のスピリチュアルの定義とは異なる)、嬉しそうにスライドの写真に収まる安倍昭恵さんを見たことがある。もちろん宣伝材料にされていた。

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3月29日(水)

今朝は6時から国際対人関係療法学会の電話理事会。4月からはサマータイムなのでスケジュールが変わる!と楽しみにしていたが、どういうわけか今のスケジュールのままの方がよいらしく、私は引き続き6時からの会議。今のメインの議題は、対人関係治療者としての認定システム。

 

認定システムは目安にはなるが、決して万能ではない。マンパワーを考えても、「これだけのトレーニングを受けた」という証明にしかならないと思う。個人的に見れば、「この治療者ならOK」はわかるのだが、システムにするのはとても難しい。まずは調査から。

 

またしても、司法と精神医学の接点での問題発生。未だに精神病理の大御所は、器質的な問題がなければ患者の責任能力あり、という立場のようだが、ひどい虐待やいじめのために解離症状を呈するようになった患者が、解離中に(全く別人格で記憶もなく)起こしたことの責任をどうして問えるのか。

 

虐待やいじめによるトラウマ症状を呈する患者の多くは、社会規範意識が高い。違法行為をしてしまったというショック、(本来自分の責任でないことへの)自責感、収監されたときの環境などを考えると、この領域は司法が人の生死を左右すると思うのだが。

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3月30日(木)

今朝は6時から国際対人関係療法学会の電話理事会。4月からはサマータイムなのでスケジュールが変わる!と楽しみにしていたが、どういうわけか今のスケジュールのままの方がよいらしく、私は引き続き6時からの会議。今のメインの議題は、対人関係治療者としての認定システム。

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3月31日(金)

先日テレビに出演したとき、6年前に同じくスタジオにいた男性出演者が「決めつけ体質」に変わっているのに驚いた。前はもっと受容的な雰囲気を醸し出していたのに。6歳も成長すれば普通は決めつけを手放すチャンスも増えるはずなのだが、環境の影響は大きいのだろうな。

 

「怒らない子育て」の新装版(素敵な写真つき!)、「怒らないですむ子育て」として、小学館から4月20日に刊行予定だそうです。より詳しくは、その頃にお伝えします。自分自身とても好きな本でしたし、絶版になって「手に入らない!」という声を受けていましたので、一安心です。

 

「運」の本(5月発売)の再校をしていて、「今は、これでよい」というのは、私の人生をかけて作り出したくらいのよい言葉だなと改めて感じた。私はいつか死ぬが、その言葉だけは残ってほしい。

 

民進党に組織としての力を期待する向きがあるようだが、少なくとも私が知っている昔の民主党にはそのようなものはなかった。むしろ、多様な議員がいることが、社会全体の多様性を代弁していると思っていた。もちろん「人権の尊重」「市民が主役」など、ミニマムの合意事項はあるとしても。

 

問題はむしろ連合の影響下で多様性が失われることだった。原発議論はまさに典型例。連合を責めているわけではない。連合の力なくして地方部で選挙に勝てるわけがない、という現実があるだけだ。蓮舫氏が代表であることに希望を感じられないのは、そんな地方での選挙体験がないからだ。