2014年11月のツイッター抜粋

2014年11月のツイートのうち、反響の大きかったものの抜粋です。
スタッフによるツイートも始まっておりますので、区別のため、
スタッフによるツイートは(スタッフ)と書かせていただきます。
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2014年11月01日(土)

地盤もカバンも看板もなく選挙で当選するのは本当に大変なことだったので、世襲議員でベテラン秘書がいる人を羨ましく思っていた。しかし、同時に今回のようなリスクもはらんでいると気づいていたので、新しい政治のために汗をかこうと思えた。
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2014年11月04日(火)

私が子持ちであることを知らない方がおられるのは、多感な年頃(高2と中1)のため、子どもネタを意識的に避けているせいだと思う。子どもについて書くときには必ず本人の許可を得ている。しかし現職議員時代に生まれた第2子は衆議院規則を変えさせた存在で、当時は有名だった。

私はどちらの子どもの時も産後6週間の産休しかとっていないが、選挙のたびに「当選だけして、ずっと育休をとっているのはねえ」というデマは当然のごとく流れていた。いくら活動報告に力を入れても、デマは真実より強し。

(1)当時の私を知らない方にはお伝えしておきたいが、衆院規則の改定(産休という項目を入れてもらった)などは些末なこと。むしろ、産休中の意思表示システムをどうするか、ということが私の研究課題だった。

(2)戦争前夜というような時に産休中だからと有権者の付託を受けた一人の国会議員が何も意思表示できないのはおかしい。採決に参加できる方法を検討するチームが作られた。ただし、私は当事者だったのでチームの座長は別の議員に。結局自然消滅したのは悲しかった。

子育て世代を政治参加させるには、妊娠中にどうするか、などの工夫が必要であり、それを怠っている限り、どんな企業の男女差別も批判できないと思う。任期中NYテロの当日に生まれた第二子ももう12歳。まだこんなことも決められないなんて。

議員の産休中の意思表示、無記名投票であれば、二重封筒の期限前投票方式がよいと思う。記名投票であれば、もちろん堂々と。こんな簡単なことを提案したのに、なぜ未だに実現しないのだろう。

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2014年11月05日(水)

米国の中間選挙。二大政党制の機能不全そのものを訴える無所属候補を見て、あれほど自由度の高い米国の二大政党制であっても結局は同じだと思った。そろそろ二大政党制への間違った期待を手放し、人間の多様性を具現化する制度に変えるべきだと私は心から思う。

今日、某メディアのために写真撮影してくださったベテラン写真家の方が、何度も「本当にすっぴんですか?」と確認してくださった後、「何かデジャブ感があると思ったら、この肌は50歳頃の吉永小百合さんに似ているんですよ」と。匿名を条件にツイートを許可してくださった。

現職議員だった頃「小選挙区制を導入した人たちがまだ議員として闊歩していることが信じられない」と言っていた。中にはもちろん親しい議員も。何が政治の質を損ねたのかを検証していかなければ改善などあり得ない。闊歩したければ、きちんと改善のための行動をとってほしい。
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2014年11月06日(木)

反抗期に突入しつつある息子と久しぶりに穏やかで楽しい時間を持った(基本的に笑いや感動のツボが同じ)。息子との仲の良さを見て「子離れできますかね」とよく聞かれるが、これだけ愛し愛されていることが確信できれば、あとは大人の男性としてしっかり生きていってほしいだけ。

一方、反抗期から脱しつつある娘(高2)との時間は、前よりもリラックスできるようになっている。娘の反抗はひどかったが、私は、「反抗できるだけの安心を与えられているのだな」と思って、ただじーっと待っていた。大変だったけれども。

うちの子どもたちは、どちらも、赤ちゃんや動物が好きという点で共通している。よその赤ちゃんのおむつかえも厭わない娘に「赤ちゃんが好きなんだね」と言ったら、「だって、赤ちゃんは何もひどいことをしてこないでしょう。嫌いだという人の気持ちがわからない」と。

赤ちゃんが嫌いな人は「うるさい」「面倒くさい」と思っているだろう(私もかつてそうだった)。でもそのことと「ひどいことをしてこない」という区別は、とても応用の幅が広いものだと思う。人はいかにして被害者意識にとらわれるか、とか、誰の領域の問題なのか、とか。

子どもが思春期になってからは特に、子ども情報を外部に出すことにデリケートになっている私は、必ず子ども本人に確認する。今日のツイートはOKと娘から許可をもらった。
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2014年11月07日(金)

今日は、J-WAVEの収録でバイオリニストの葉加瀬太郎さんとご一緒した。何と、同年齢(彼の方が2月年上。彼は123私は321)。名刺を持っておられなかったが携帯番号やメールアドレスをメモに手書きで書いてくださった。放送は来年なので、また近くなったらお知らせします。

葉加瀬太郎さんと。話はとても盛り上がり、楽しかった。テーマは旅。私の人生の中の重要な要素だ。 https://pic.twitter.com/iegzfgkAhT

(1)どこかに書いたかもしれないけれど、40カ国以上を旅した結論は、「人間は社会的動物であること」と「私は日本人」ということ。私は戦争中のユーゴにも行ったし、シリアのゴラン高原でイスラエルにつぶされた家々も見てきた。でも結局、しばらくたつと市がたち、人々の交流が始まる。

(2)もう一つの結論は「いくら英語がうまかろうとその土地への愛着が強かろうと自分は日本人だ」ということ。とけ込もうとしても「英語が得意な日本人」「インド大好きな日本人」にしか見られない。ボロボロな格好でインド人気取りをしている日本人については「何であんなに不潔なの」という問いが。

最終的に私が死ぬまで住もうと決めたのは日本。理由は単純。どれほど英語が得意だと言われようと、一番得意なのは日本語だから。米国で愉しんだ「スーパーで待っている間の会話」は、自分が心を開けば日本でも可能だということがわかった。やはりすべては自分が始まりですね。
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2014年11月08日(土)

今日は東京精神医学会のランチョンセミナーで、尊敬する加藤忠史先生とご一緒して、それぞれ講演、ディスカッションを行った。テーマは双極性障害。なんだかこのところ、朝になって「あれ、今日はどこへ行くんだっけ?」のような日々だが、尊敬する先生にお会いできるのは嬉しい。
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2014年11月09日(日)

週刊アスキーの速水健朗さんとの対談のゲラが来たが、なんと、速水さんが私に対して抱いたイメージが、ドラえもんの「ジャイアン」!!そりゃあ、ぐれていましたけど、いくらなんでも…。これでもワシントンポストでは「日本を変えるジャンヌダルク」と評されたのですが…。

永田町時代の友人と話していて「昔の自民党は、懐の深い人もいたんだけどね」という話になった。二大政党制は、政治家をとても薄っぺらい存在にしていると思う。だからと言って中選挙区に戻せというのではなく、私の目指す方向はあくまでも比例中心、複数政党連立。目指せ北欧。
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2014年11月10日(月)

かつて議員をしていた立場から言わせていただくと、陳情や請願など、議員に永田町で働きかけるのはほとんど意味がありません。自分の選挙区の議員に「次は票を入れない。他の人にも働きかける」ということを、「異端者」風ではない常識人らしく伝えることが最も効果的だと思います。

「比べる子育て」と言えば、「お姉ちゃんはできたのにどうしてあなたは?」みたいなのもある。でも、いくら同じ人から産まれても、一卵性双生児でもなければ遺伝子からして違っている。せっかく違うタイプの子どもを育てられるのだから、楽しめるとよいのに。私もずいぶん楽しんだ。

そういえば、選挙応援の条件として、電力の労組からは原発の必要性を、そしてたばこの労組からは禁煙議連から抜けるように、一定時間拘束され説得された。それらの害からどうやって労働者を守るのかが労組の責任だと思うけれど。もちろん私は洗脳されず何とかその場を乗り切ったが。

今日も19:30からスカイプでのスーパービジョン(精神療法の指導?)です。本当は全ての治療者にやってあげたいのだけれど、これは本を作るための教材です。多くの方の役に立つ本になるとよいと思います。刊行が決まりましたらより詳しくお知らせします。
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2014年11月12日(水)

ハングル語版「『見た目』が気になる症候群」の見本が届いた。全然読めないけれども嬉しい。もしもハングル語で読みたい方がいらっしゃったら、少しだけありますのでご連絡を。

来年のバレンタインデー(2月14日)に、「対人関係と心の健康」というテーマで、誰にでもわかる一般向け講演を東京で開きます。対人関係療法やAHのエッセンスを生かしてお話しする予定です。お申し込みは12月になってからとなりますので、まずは日程の確保を。詳細はまた。

(スタッフ)■『むなしさ』を感じた時に読む本 を刊行しました。
むなしさは自分を変えるべきというサイン。
43個の具体例を基に、7種類のむなしさについて、
原因、対策を水島広子が解説します。
■出版社:角川SSC新書
■定価:812円(税込み)
http://amzn.to/1yxeYgg
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2014年11月13日(木)

(1)昨夜の横浜での講演もそうだったが、「対人関係療法とAHとはどういう関係があるのですか?」という質問をよくいただく。答えは「関係はありません」。精神科医である私が、双方を米国から導入してしまったため、事態をわかりにくくしてしまっているようだ。

(2)対人関係療法は、クラーマンらが創始した、病気の治療法。一方、AHは私の親友ジェリー(ジェラルド・G・ジャンポルスキー)が創始した、セルフ・ヒーリング(自らの癒やし)である。前者は治療者が患者に施すもの、後者は自分が自分に対して行うもの、という位置づけになる。

(3)ただし、私は、治療者がきちんと機能するためには、治療者自身が癒やされているか、癒やされていないと自覚しているかのどちらかが必要だと思っている。そうしないと、自らの癒やしを患者に求めて、筋違いの治療を始めることになるからだ。

(4)そういう意味では全ての治療者がAH的思考をしてくれるとよいと思う。自分に責任が持てるのは、自分の心の平和だけ。治療者にできるのは、アドバイスではなく、患者の持つ力を信頼すること、そして専門知識に基づいて、患者が受け取る準備のできている情報を与えること。

(5)AHのガイドラインは言う。自分はここに、他人を変えるためにいるのではない、と。治療の場も同じ。安全な環境と正確な知識を与え、変わる準備ができた人に、それを何度も確認するのが治療者の仕事。患者のプロセスを尊重するというのはそういうことだ。

今日も「数年たって」のお手紙をいただいた。数年前、私が「1回のみ相談」でお会いした方が、回復し、人生を満喫されているという内容だ。変なプレッシャーをかけたくないので余計なお返事はしないが、こういうのが医者冥利につきる瞬間、というのだろう。

医者冥利に尽きる瞬間、というのは、患者さんの回復力を信じていなければあり得ないものだ。治療者が信じる患者さんの(人間の)力、それの邪魔をしているものをよく認識し、50分という時間内で説明していく。集中力を要するが私にとってはとても充実した時間だ。

(1)私はもともと、すごく過保護な治療者だった(まあ、今でも)。でも自分が選挙に出ることになり、患者さんを診ることができなくなったとき、患者さんをあちこちに紹介した。患者さんたちは実際には紹介先にあまり居着かず、「水島難民」なるものが発生した。

(2)数年後、本を書くときに、かつての患者さんに様子を聞いた。すると、患者さんは予想を超えて改善していた。つまり、治療期間に真剣に向き合うことによって、患者さんは自分の力を発揮して、改善を続けてくれるのだ。これを自分の経験として得たことはとても大きかった。

(3)今でも過保護だが、患者さんの回復力は信じている。依存的な患者さんを作りたくもないし、「この人は私がいないと生きていけない」と思うことはとても傲慢で、現実離れしたことだと思う。どこで手を引くかはプロの技。もっと上達したい。

特に摂食障害の場合、症状がなくなっていなくても期間限定で手を離すことは、対人関係療法がエビデンス・ベイストな(科学的根拠のある)治療法だからできること。より多くの治療者に、対人関係療法を知ってほしい。摂食障害が怖れるに足らない病気だということも。
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2014年11月14日(金)

拙著「身近な人の『攻撃』がスーッとなくなる本」、韓国進出の模様です。拙著の中でも好きな本なので嬉しいですし、少しでも世界の癒やしにつながれば。まさに、こころの平和から社会の平和へ、です。 http://amzn.to/1v8YTQO
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2014年11月15日(土)

対人関係療法についての学術論文を、私に代わって後輩が書いてくれた。質も高く、嬉しい。後継者を育てることにここのところ集中している私には、有能な後輩の存在はありがたいこと。頑張れ。

自分が、教えられる側から、いつの間にか教える側に回っていたということは、先輩の減少や加齢などの観点からは落ち込むが、それだけ多くの自由を手にすることになる、と考えるとどうにかポジティブに見ることができる。そして自由度が高い方が自分の性質に合っているのも事実。

(1)AH創始者(私の親友)のジェリー・ジャンポルスキーは、「人は自分が学びたいものを教えるようになる」と言う。そして、AHの原則でも、「私たちは互いに教師であり生徒である」と言う。自分自身、教える立場になってからの方が勉強したのは間違いない。

(2)また、教えたいこと(=学びたいこと)しか教えたくないのもその通りだ。もちろん中には「形として」ネガティブな情報もある。しかし、そんな情報も、伝える姿勢を自分で選ぶことができる。現状を憤るのか、将来に向けてのプロセスとして評価を下さずに見る姿勢を適用するのか。

(3)自分は未熟な存在ではあるけれども、少なくとも自分からネガティブなエネルギーを発したくはないし、伝えたくもない。これは「いい子ぶる」のとは違う。「いい子ぶり」は、人から認められたいという怖れに基づくものだから。見つめたいのは、いつも自分の心の中。
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2014年11月16日(日)

今日は「日本サイコセラピー学会主催認定講座」で、「精神療法への導入」について話します。
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2014年11月17日(月)

政情がこんなときにも、アカデミックな世界では全く政治の話は出ない。中には私がかつて議員だったことから政治の話をしてくる人もいるけれど、マスコミに踊らされた情報だけ。欧米に行くと、アカデミズムのレベルと同じだけのレベルの政治の話ができるのに。
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2014年11月18日(火)

私がメンタルヘルスを一括して執筆している「現代用語の基礎知識」、20日(木)には店頭に並ぶそうです。以下、編集部より。「相次ぐ自然災害火山災害に困惑し、エボラ拡大の不安が増大するなか、北朝鮮との拉致問題交渉の回答に待ちぼうけし、(続く)

(続き)アベノミクスも蓄積した疲労が吹き出し始め、閣僚の連続辞任あたりから、にわかに政権がゆらぎ始めました。そこで校了。「衆議院解散」と同時に発売となります。慌ただしい時期に当たりますが、そんなときこそ、
(中略)現在の状況を冷静に確認していただきたいと願う次第です。
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2014年11月19日(水)

私は現職だった時、どんな人の応援でも受けた。相手が少しでも自分に応援すべき点を見出してくれるのなら、それを尊重しようと思えた。それは、自分がぶれるタイプの政治家ではないと知っていたから。まず自分の政策と人柄があって、それに共感してくれる人は絶対排除しなかった。

「え? あんな人に応援してもらっているの?」という疑問は当然出された。しかし私は、「その人なりのストーリーがあって一票に結びつくのなら、それは全く問題ない」と答えていた。排除の論理では、民主主義は成り立たないと今でも思っている。

今では、ナチが大変な問題だったということを多くの人が共有している。しかし、ナチ時代程度の意識は、日本でも案外容認されている(今年国会で容認されたいくつかも)。私は主に北欧の政治に感銘を受けてきたが、日本は戦後何も進歩していないのか。

日本の伝統、八百万の神と言って自然崇拝してきたことには共感すら覚える。そのことと、自然破壊して国土を滅茶苦茶にしてしまったことはどう説明するのか。都合のよいときばかり伝統を使い、利権のためにはそれらを忘れる、という方法はもはや廃棄されるべきだ。

選挙の季節。選挙活動そのものは、私はとても好きだった。体育会で培った体力があったから、いろいろな人と交流できた。選挙カーに一日50回も上り下りし、出てきてくださった方のもとには駆けつけて握手した。一体こういうことは何歳までできるのだろうと思いつつ、よい思い出だ。
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2014年11月20日(木)

22時からBSジャパンに出演予定だが、女性の社会参加に関連してノルウェーの話をするかもしれない。もう11年も昔に書いたものだが、こちらをぜひご覧いただきたい。http://bit.ly/1vrJxGL
今日の詳細は http://bit.ly/1xmgwLW
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2014年11月21日(金)

選挙を「戦」と呼ぶのは、そろそろ終わりにできないだろうか。選挙の度に対立のエネルギーが社会を覆うのは嫌なことだ。本質は「戦い」ではなく「提案と選択」だと思うのだけれど。

「どれほど立派なことを言っても、当選しなければ何もできない」という論理が、多くの問題の根底にある。そして実際、今の日本ではそうだと思う。そろそろ北欧のような政治先進国に学んで、効率的で信頼できる政治を構築していけないものか。
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2014年11月22日(土)

またまた朝日新聞を読んでいてびっくり。今日のbeの「元気のひみつ」(e5)に私の大きい写真が載っています。タイトルは『「「心の掃除」広めたい』。「すっぴんである」という文章から始まるおもしろい記事。
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2014年11月26日(水)

拙著「10代のうちに知っておきたい折れない心の作り方」がまた増刷との連絡。この本が多くの10代や大人に読まれていることは、とても嬉しい。皆さん、すっきりと自分らしい人生を歩めるようになりますように。http://amzn.to/1ye7W22

社会活動に癒やされない心をぶつけるのはとても簡単なことなのだけれど、もっと「自分」に向き合いたい。先日朝日新聞に載せてもらったけれども、一人一人が自分の心の平和に責任を持っていけば、社会平和は実現すると信じている。その勇気を、一人でも多くの人が持てますように。

ちょっと気になるのは、私を批判する人の多くが、私がなぜかまだ民主党衆院議員だと思っているらしいこと。現在の情報をそれほど得ていないのに人を批判したりして、脇が甘くないだろうか。ちなみに引退9年、現在民主党には党費も払っていないし投票もあまりしていない。

そうやって考えると、ネットの世界というのは、リアル世界での立場と関係なく、好きなことを無責任に言い捨てられるという利点があるのだろう。でも、自分の心の平和に責任を持つ、という観点からは、なんだか自分の力をそいでいるようでもったいない気がする。

今夜は対人関係療法について、専門職~一般人に向けて、横浜で講演だった。皆、その価値には気づき、「日本でどの程度普及しているのか」という質問が多い。時間がかかることはわかっているが、自分でできることをコツコツとしながらも、早く正しい形で普及してほしい。

普及しなければ、保険適応にはならない。一方、保険適応にならなければ普及しない。その現実を受け入れてコツコツと取り組んでいるが、明らかに多くの人の役に立つものを、もう少し大規模にできないものか。今のままでは私がやる気を失ったら全て終わりのような気もする。

では普及すればよいのかと言うと、認知行動療法が示しているように、そのスピリットを失ったものも喧伝されているように思う。対人関係療法は同様の経過をとりたくない。そう思いながら、戦略を考えながらの日々。
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2014年11月29日(土)

最初の選挙の時、某有名知識人に応援を頼んだら、「政治とは距離を置きたい」と言われた。日頃政治的な発言をたくさんしている方なのに。これが「色がつく」という現象だろう。結局その方は私の実績を見て、2回目からは応援してくださったが。

政治(特に選挙)への関与を怖れる気持ちが、一部の世襲議員や利権議員のやりたい放題を招く。私自身、その怖れ(私の場合は恥ずかしさ)を乗り越えることによって、少しばかり人に勇気を与えたと思う。自分の生活のルール作りに関わることをなぜ怖れなければならないのだろう。

トラウマを専門とするから言うわけでもありませんが、「信頼」というのはとても大切なことです。一番大切なのは自分への信頼。そしてコミュニティへの信頼。信頼さえあればどれほど政治が効率的になり、社会が生産的になるか、北欧がよく示しています。残念ながら日本は落第生。

政党が政党である限り、限界はあると思う。ただし、連立政権によって、真摯な議論をすれば、その質ははるかに向上すると思う。北欧に習うべき点。主権者が「○○党が・・」というのではなく、「○○党と××党の連立であれば期待できる」と思うのは、十分政策本位だと思うのだが。

生活に直接関係するのは政策。元気のよい(?)党首が何を言っても、その「イメージ」だけで生活は変わらない。是非具体的な政策、その実現可能性について聞きたい。先日BSで言ったが、女性活用の順は、まずは政党→公的部門→民間のはず。政党でもできないのにどうして民間?