摂食障害の方へ

「摂食障害は治らない」などと言われることが時々ありますが、もちろんそんなことはありません。専門的な対人関係療法を用いることによって、短期間の治療で効果を上げることができます。その効果は、治療終了後も持続するだけでなく、さらに改善し続けるということが今までのデータから確認されています。  今まで治療を受けてきたけれども、どうもパッとしない、という方、「摂食障害は治らない」と結論づける前に、ぜひご相談ください。

ご参考までに、拙著 「拒食症・過食症を対人関係療法で治す」 の第6章から、治療についての基本的な考え方をご紹介します。

治療に臨む基本姿勢

 本章では、私が今までに成果を上げてきた治療法の基本的な考え方を説明します。この考え方に基づいて行う対人関係療法の詳細は第8章で述べます。

(1)「やせたい気持ち」を異常だと思うのをやめる

 摂食障害に取り組むには、まずは「やせたい気持ち」を問題視するのをやめる必要があります。

 拒食症も過食症も、基本的には「やせたい病気」であるということを第4章・第5章で述べてきました。そして、患者さんの家族は「なぜこんなにやせたがるんでしょう。ふっくらしている方が魅力的なのに・・・」と言ったり、「今は飽食の時代だからいけないのだ。飢えている国の人のことを考えたらやせたいなどと言っていられるわけがない。甘やかして育てたのがいけなかった」と言ったり、とにかく「やせたい気持ち」に焦点をあてがちです。そして、「やせたい気持ち」を何とかするように、説得しようと試みます。

 しかし、「やせたい気持ち」というのは、「女性はやせている方が美しい」という社会的価値観に基づくものです。モデルや俳優はみんなガリガリ、テレビや雑誌の話題はダイエット満載、店にはダイエット食品が売られ、スポーツクラブでは「スリムな体を作る!」というキャンペーン、女性が甘いお菓子に手を出すと「太るよ」という軽口、ダイエットに成功すると「きれいになったねえ」とのほめ言葉、こんな環境では「やせたい気持ち」を持たない方が不思議なくらいです。

「そうは言っても程度の問題だ」と思うでしょう。そう、全ては「程度」なのです。「やせたい」と思う気持ちそのものが病気なのではなく、そのこだわりの強さが問題なのです。ですから、問いかけるべき疑問は、「なぜやせたいか」ではなく、「なぜそれほどまでにやせたい気持ちにとらわれて生活のバランスが崩れているのか」ということなのです。

 なお、「過食を伴わない拒食症」の「やせたい気持ち」は性質が違うものだということを前章でお話ししました。それは恐怖症と言えるものであって、本人も頭では「おかしい」とわかっているのですから、やはり説得する意味はありません。

(2)摂食障害は「わがまま病」と思うのをやめる

「治らないのは、意志が弱い証拠」
「全ては気の持ちようなのだから、しっかりすれば治る」
「病気だと思い込んで自分の責任を放棄している」
「だれでも辛いことを乗り越えてがんばっているのだから、がんばれないのは甘えだ」
 摂食障害の患者さんは、こんなことを思い込んだり、まわりの人から言われたりしています。このような考え方から脱することができない限り病気は治りません。

 これらのどこがいけないのでしょうか。

①「治らないのは、意志が弱い証拠」
「全ては気の持ちようなのだから、しっかりすれば治る」

 これらは、この病気の本質を理解していない考え方です。「自分がしっかりしていればちゃんと食べられるはず」「過食嘔吐という症状は意志の弱さから起こる」というのは、一見もっともなようですが、実は大きなまちがいです。摂食障害の症状は、本人の意志で抑えられるようなものではなく、ストレスがたまると自然と出てきてしまう症状なのです。身体がインフルエンザに感染すると熱が出て節々が痛くなるのと同じことです。ストレスを解決することなく、「意志が弱い」などと責めて新たなストレスをかけると、ますますストレスが高まり症状がひどくなる、という悪循環に陥ってしまいます。症状を止める一番の方法は、症状は何らかの理由があって起こっているのだということを認め、正しい治療を受けることです。

②「病気だと思い込んで自分の責任を放棄している」

 これも、摂食障害の症状は、あくまでも意志でコントロールできる範囲内のものだとする考え方です。ここでは「摂食障害は病気である」ということを再確認する必要があります。摂食障害は、社会的因子の上に遺伝的因子があって、そこにストレスが加わって起こる、れっきとした「病気」です。効果的な治療法も存在し、治療を受けて回復した人もたくさんいます。

「摂食障害は病気ではない」と考えてしまうと、なかなか治療にのれず、治りが遅れてしまったり、周囲からの心ない言葉によって傷つけられたりしてしまいます。「病気だと思いこんで自分の責任を放棄している」というのは、本当に矛盾した表現です。摂食障害の人の責任は、自分が病気であるということを認め、良質な治療を受けて、少しでも早く健康な自分を取り戻すことなのだということを、しっかりと心に留めておく必要があります。

 専門的には、これを「病者の役割」と呼びます。治療の第一歩は、患者さんの「病者の役割」を与えること、つまり病気であるというレッテルを貼るということです。「病気のレッテルを貼るなんて、ひどい」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。病気ではないと思うからこそ、「あの人は過食を言い訳にして仕事もろくにやらない」「家族が一生懸命稼いだお金をどんどんトイレに流してしまっている」「ちょっとくらい我慢して食べるのがつきあいというものなのに」などと他人から非難され、また自己嫌悪にも陥るのです。病気というレッテルが貼られると、その瞬間から、その人の役割は「治療を受けて早く回復すること」となります。同様に、周囲の人の役割も、「治療に協力して早く回復してもらうこと」となるのです。

③「だれでも辛いことを乗り越えてがんばっているのだから、がんばれないのは甘えだ」

 辛いことを乗り越えてがんばって生きている人はたくさんいます。でも、人はそれぞれちがいます。

 人間のストレス度を決めるのは、大ざっぱに言うと、環境と自分の「性格」です。同じような環境にいても、受け取る側が繊細だと、それだけストレス度が高くなるのです。逆に、鈍感な人は、同じだけのストレスにさらされても、ストレス度としては低くなります。繊細な人と鈍感な人はそれぞれ長所と短所があり、どちらがよいとも悪いとも言えません。自分の「性格」がよいか悪いかを決めるのではなく、自分の「性格」をよく知り、それを受け入れて生きていくことが大事です。

 また、「自尊心」が低いと、同じ困難でも乗り越えるのが難しくなります。「どうせ私なんて」と思ってしまうからです。「自尊心」の高い人はスパルタ教育にも比較的耐えることができますが、「自尊心」が低い人に対して同じことをやってしまうと、さらに「自尊心」が低下し、ますます困難を乗り越えにくくなります。一つの手法が万人に適しているわけではないのです。

 「自尊心」の低い人の問題を解決するには、「自尊心」を高めるしかありません。ところが、「がんばれないのは甘えだ」などと言ってしまうと、ますます「自尊心」を低下させることになります。人間は社会的な存在であり、「自尊心」はまわりの人とのやりとりの中で育まれるものだということを知っていれば、「甘えだ」と非難するよりも「一緒にがんばろう」と言ってあげる方がはるかに価値があるということを理解していただけると思います。

 その人の置かれた状況がはたから見て恵まれたものであっても、その人が現に病気になっているということは、それに見合うストレスがあったということです。その事実を「甘えている」と否認しても仕方がありません。目標は、甘えないことではなく、自分の問題を知ってきちんと解決していくことです。

(3)「どうせ自分は治らない」から抜け出す

 治療をしようとすると、「でも、私はどうせ治らないと思う」と言って治療に積極的にならない患者さんが案外いるものです。特に、治療が難しい局面に入ると、このようなセリフが目立ってきます。

 人間の自己防御能力はよくできたもので、かなりストレスのある環境でもそれなりに適応してしまうものです。第4章でも触れましたが、患者さんは、摂食障害という病気になることによって、自分のバランスを保っていると言えます。そして、「治る」というのは、その「バランス」を崩すことにほかなりません。

 変化にはストレスがつきものです。どんなに不健康なバランスであっても、そのバランスを一度崩して変化させていくことには覚悟がいります。それで「どうせ私は治らない」と、その場にとどまろうとしてしまうのです。摂食障害の人は皆さん「心配性」なのですから、変化を怖れるのも無理はありません。

 でも、身体は正直にできています。病気の症状が「このままではだめだ」ということを、繰り返し知らせてくれているのです。ですから、思い切って、今の不健康な「安定」に見切りをつける必要があります。変化するときには一時的にストレスを感じるものですが、今のストレスに比べればほんの短い間の、先が見えたストレスです。乗り越えることで必ず達成感が得られますし、その先には今よりも有意義な生活が待っているのです。

 今の不健康な「安定」に逃げ込まず、健康な、本当の意味での安定に向かう勇気を持つことが治療の第一歩であると言えます。

(4)大切な相手に病気のことを伝える

 私の治療は、まず大切な相手に自分が病気であることをきちんと打ち明けるところから始まります。この「大切な相手」というのは、配偶者や恋人や親など、その人に何かがあったときに自分の情緒に最も大きな影響を与えるような人です。専門的には「重要な他者」といいます。一般に、一般に、未婚者の場合は親、既婚者の場合は配偶者、親密な関係の恋人がいる場合は恋人が、「重要な他者」になります。

 長年摂食障害に苦しんでいるという人でも、大切な相手には何も伝えていないというケースが案外多いものです。なぜ伝えられないかというと、相手が親の場合には「伝えると叱られるから」「伝えると管理されるから」「伝えると心配されるから」などという理由が圧倒的です。一方、相手が恋人や配偶者の場合には「伝えると嫌われるから」「伝えると軽蔑されるから」という理由が多くなります。

 私は対人関係療法を行いますので、「重要な他者」の協力が得られないと治療ができません。また、「叱られるから」「管理されるから」「心配されるから」「嫌われるから」「軽蔑されるから」という理由で相手に肝心なことが話せないという行動パターン(「心配性」このテーマを避けて通るわけにはいきません。治療の第一歩として、必ず「重要な他者」に病気のことを伝えてもらいます。

 病気について伝えるということについて、患者さんの抵抗が最も強いのは恋人です。「食べ物を吐いているなどということが知られたらふられてしまうのではないか」などと心配になるからです。しかし、摂食障害は短期で治る病気ではありません。また、相手との関係も病気に大きな影響を与えています。「相手に気づかれないうちに病気を治してしまおう」という発想そのものが非現実的ですし、そもそも「病気だと知られたら嫌われるのではないか」というのは「太ってしまったら嫌われるのではないか」と同類の発想であると言えます。病気を持っていても、太っていても、自分という存在を受け入れてもらえるという安心感が持てなければ、相手との関係そのものがストレスを生み出し続けるわけですし、病気も治らないでしょう。また、第9章で詳しく述べますが、摂食障害という病気が治った後でも、「やせたい気持ち」にとらわれやすい傾向は、ある意味では一生の弱点にもなり得るものです。このようなパターンを理解できないどころか軽蔑するような人とつき合っても、一生苦しむだけでしょう。

 私が診てきた患者さんの中で、恋人に病気のことを打ち明けてふられたという人は一人もいません。むしろ「そんな大切なことをなぜ伝えてくれなかったんだ」と自分が信用されていなかったことを責めたり、「何となく気づいてはいた」とあらためて納得する人もいたり、今までの奇妙な言動の理由がやっとわかって安心したという人もいます。そして、患者さんの側でも、「思い切って相手に伝えてみたら受け入れてくれた」というだけの理由で過食症状がずいぶん落ち着くこともあります。病気を大切な人に隠すというのは、それほどのストレスと不安感を伴うものなのでしょう。「いつ見破られるだろうか」「どうやって隠そうか」と思いながら人と親しくつき合うのは大変なことです。

 相手側から見ても、十分な情報を与えられないというのは大きなストレスです。何となく悩んでいるようだけれど、なぜかわからない。よく不機嫌になるけれども、それが自分のせいなのかどうかはっきりしない。トイレがいつも臭くて吐いているようだけれど、そんなことを直接聞いていいのかどうかわからない。そもそも、自分がどうしたら相手の役に立てるのかが全くわからないのです。

 「病気らしい」ということまでは気がついている家族もいますが、本当に知ってほしい部分は伝わっていません。病気であるということだけでなく、「自分の気持ちをうまく伝えられないために、ストレスがたまってかかる病気で、コミュニケーションの練習をすることが治療になる」ということを知ってもらうことが大切なのです。それがわかれば、相手も「わがまま病」などとは言わないでしょう。私の治療を受ける方には、拙著『「やせ願望」の精神病理』を必ず家族にも読んでもらうことで、正しく理解してもらうようにしていました。その改訂版である本書も、ぜひ有効に活用していただきたいと思います。(注:現在では、この「拒食症・過食症を対人関係療法で治す」を皆さんに読んでいただいています)

 もう一つ大切なことは、なぜ今まで伝えることができなかったのかをできるだけ詳しく伝えることです。「伝えると嫌われると思った」「伝えると管理されると思った」などと具体的に話すことによって、お互いの関係の問題点をわかってもらいやすくなるでしょう。

(5)拒食・過食の症状はストレスの表れと理解する

 だいたいの心の病気や身体の病気は、症状がストレス度を表す機能を持っています。ぜんそく持ちの人は、ストレスが高まると発作がひどくなる傾向にありますし、アトピー性皮膚炎の人は、ストレス状況下で皮膚症状がひどくなる傾向にあります。摂食障害もまさに同じです。

 ストレスがたまると摂食障害が発症します。そして、その後の経過も、ストレスによって大きく左右されます。

 一般に、「やせたい気持ちが特に強まるとき」「過食が特にひどくなるとき」に何が起こっているかに注目してみると、だいたいのストレスの傾向がわかります。人から誤解された、傷つけられた、相手との関係に絶望した、親から怒られた、大きな課題に直面してパニックになってしまった、人が親しさを求めてきたけれどもどうしたらよいかわからない、などというときに症状が重くなることが多いのです。

 症状がひどくなったときに、「もう絶対に治らない」とその波にのまれるのではなく、症状がひどくなったときこそ、「自分のストレスを見極めてやろう」と積極的に取り組んでいく姿勢が必要です。この姿勢は、病気が治ってからもずっと必要になるものです。病気の間は「症状がひどくなるとき」が注目すべきポイントですが、病気が一度治ってからは「症状がぶり返すとき」がポイントになります。いずれにしても、そのようなときに一歩下がって冷静に自分のストレス源を見つけることが大切です。

「拒食症・過食症を対人関係療法で治す」
第6章 第1節「治療に臨む基本姿勢」より引用(p103~p114)

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