2015年1月のツイッター抜粋

2015年1月のツイートのうち、反響の大きかったものの抜粋です。
スタッフによるツイートも始まっておりますので、区別のため、
スタッフによるツイートは(スタッフ)と書かせていただきます。
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2015年1月1日(木)

新年あけましておめでとうございます。いろいろと思うところの多い2014年でしたが、その「思うところ」を、怖れから行動するのではなく、平和な心で違いを起こしていけるように、本年も取り組みたいと心はすわっております。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

ちなみに、「違いを起こす」という変な日本語は英語のmake a differenceからとっています。「改善」「進歩」などという価値判断のない、私がとても好きな言葉です。「変化を起こす」と訳すのもピンとこないので、「違いを起こす」で失礼します。

make a differenceについて最もピンと来たのが映画「Grace of Monaco」の最後のスピーチ。一度見ただけなので記憶は定かでないが、trying to make a difference in the best way they know

やはり、世の中にある多くの事情を知っていくこと、なぜ自分から見ると好ましくない行動をとる人がいるのかについてもその背景を知っていくこと、そして自分自身の中の傷にも向き合うことが、違いを起こすための「最善の方法」をより平和的・生産的なものにしていくのだと思う。

さっきの映画の台詞は本当にうろ覚えなので、違っていたらごめんなさい。でも、そのスピーチを聴いたとき私が感動したことは事実です。
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2015年1月2日(金)

私は昔から国内外を問わず道に迷ったときに人にすぐ尋ねる。なぜ道を尋ねるのが好きなのかを最近改めて考えたが、それ自体が人とのふれあいだからだと思う。また、変な言い方だが相手に人助けの機会を与えることにもなる。とてもシンプルな親切は、するのもされるのも大好きだ。

いろいろなところで道を尋ねてくると、その国の国民性みたいなものもよく見えてくる。公共の場での振る舞いも国民性を知る一つの指標。残念ながら「舌打ちが多くて余裕がない」というのが最近の日本の公共交通などについての我が子(都心在住)の評。

環境がどうであれ、自分自身の中にある親切や寛大さを信じて、それらがのびのびと発露できる心境を作っていけるように、今年も小さな努力を重ねていきたいと思っている。
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2015年1月4日(日)

何かをしてほめられることは基本的にない家だったが、おもしろいことを言ったときだけは別だった。亡き父が私流ユーモアの一番の理解者だったと思っている。ユーモアに強い価値を置く姿勢は、国際的人間関係も豊かなものにする。そもそも一緒に笑えば防衛がとれてつながりが始まる。

日本の場合おもしろいことを言えば必ず笑ってもらえるわけでもないが、おもしろいことを言うときに私の心はとても開くので、自分のためにユーモアを大切にしている。少なくとも自分が笑ってしまえば十分。相手はよく理解しなくてもこちらが笑っていると柔らかい雰囲気になる。

陳腐な話ですが、講演のときも聴衆の基本姿勢が「笑い」であれば(私がすばらしいユーモアを決めなくても)講演はとても温かく自他受容的なものになります。私はよく笑う人相手に講演をするのも大好きだし、最初は怖い顔(緊張顔)をしていて結局笑ってしまう人も大好きです。
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2015年1月6日(火)

バタバタしていたが、ようやく本日(昨日)までにいただいた年賀状に目を通した。私は「年賀状をやりとりする程度」の関係が、案外好きだ。礼儀(過去の恩義も含めて)は忘れない。かと言って必要以上に相手に踏み込まない。人生の時期に合った距離というものがあってよいと思う。

5日夜から、スカイプ上での後輩のスーパービジョン(面接のビデオを見た上での、対人関係療法の指導)を再開。やはり私は治療の場が好きだ。治療者も患者も精一杯取り組んでいるし、そこにある温かい雰囲気は何とも言えない。後輩は「人間愛のようなもの」と言った。同感。
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2015年1月7日(水)

古き良き米国の選挙が、共和党と民主党の軸になったのは理解できる。コントロール不能な形でただ税金をとられるのか。それとも地域で助け合うことによって税金などという「お上頼み」のお金をとられずにすますのか。もちろん現在の米国で私は民主党支持だが、共和党の精神も好きだ。
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2015年1月8日(木)

年を重ねるごとに確かに保守的にはなる。でもそのことと好戦的の関係がわからない。保守の一番の仕事は、戦争回避(生活を変えない)ことではないか。

保守についてその2。かつては「リベラル」という概念が豊かなものではなく、まさに「極左は極右に通じる」だったように思う。でも今は、「多様性を認めるか認めないか」の軸になっており、多様性を認めない人が好戦的になっているような気がする。やはり必要なのは癒やしだ。

(1)本多勝一氏の「日本語の作文技術」がとても売れているということを新聞の広告で知り、とても嬉しかった。私の日本語の原点はここにある。もちろん「なかてん」の使い方など、出版業界の常識に合わせなければならないところは多々あり、最近は抵抗もしていないが。
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2015年1月9日(金)

私は「毒親」風潮が嫌いだ。確かに自らが大切にされなかったから子どもに対しても、という人は存在する。でも親は単に発達障害なのに「親と縁を切れ」「「親は自分のトラウマを子どもにぶつけている」と言われて10年以上も親と縁を切っているのを見ると本当に悲しくなる。
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2015年1月10日(土)

AH的な政治との関わり方を考えている。一人一人が自分の心の姿勢に責任を持つことは、間違いなく政治の質を高める。しかし、政治という機能にどう関わるかは、もう一つ、考えなければならない話。

ネット上の世界特有の話なのかもしれないが、最近とみに、他者に敬意を払わない人が増えてきているように思う。異なる価値観を持つ人が存在するのはかまわない。しかしそれを無礼な言葉でこきおろすとは、それほど他者の存在に救われた人が減ってきているということなのだろう。

私は政治家が「指導者」だとは思わないが、少なくともそれらしい顔をしたければ、他者への敬意(異なる価値観を持つ人に対しても)を示す先頭に立ってほしい。一国の首相が、誰かのことを口汚く罵るのを聞くのはとても耐えられないし、その国の国民として限りなく恥ずかしい。

最近イギリスに行った。もちろん例外はあっても、イギリス人は未だに古いものを大切にし、質素な生活に幸せを見いだしている。「寛容なる無関心」も健在で、助けを求めれば限りなく親切だった。他の国の人との交流を通しても、やはり日本は米国よりもヨーロッパに近い気がする。

さっきの敬意の話の続き。せめて敬語で話すことはできないのでしょうか。これは、相手に対する姿勢というよりは自分自身の品位の問題だと思います。
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2015年1月11日(日)

北欧の税金の高さばかり云々されるが、やはり政府への信頼はある。払った分は返ってくるという信頼がなければ、高額の税金は負担できない。日本はきわめて中途半端。年金についても、民主党が本来提案したスウェーデン型(報酬比例、税金が財源、最低保障あり)が最も自然だと思う。
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2015年1月12日(月)

「べき思考」が強い友人とやりとりをした。相手に不満があったとして、「寛大であるべき」と思って我慢すると被害者意識が残り、何かの折に爆発する。しかし、「相手にも事情があるのだから無意味に傷つけたくない」と心から思えれば、それは「べき」ではなく「したい」になる。

報復のエネルギーを生まないということと、諦めるということは違う。どうすれば対立のエネルギーを減らせるのか。これは「形」と「心の姿勢」の区別そのものだと思う。社会の安全のために、形としての自由の拘束はあってもよいと思う。しかしそれをどういう心の姿勢で行うかは別だ。
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2015年1月15日(木)

私が最も力を入れているAHでも、ついに「AH的な政治との関わり方」についてワークショップを開くことにした。これは本当のチャレンジだと思う。自分の心の平和に唯一の目的を置くAHと、様々な感情や利害関係を産む政治。最もわくわくし、かつやりがいを感じる領域だ。

拙著「正しく知る不安障害ー不安を理解し怖れを手放すー」がまた増刷になるとの連絡。不安障害の分類はDSM-V(米国精神医学会の基準)にて変わったが、拙著の本質に変化はないと判断し、そのままの内容で出していただくことにした。http://amzn.to/1Ai5zce

もう一つ、増刷情報です。「大人のための『困った感情』のトリセツ」が増刷になるそうです。いわゆるネガティブな感情の生産的な扱い方を書いたこの本が何らかの形でお役に立っているとしたらとても嬉しいです。 http://amzn.to/150gejP

(1)表現の自由(不可侵なもの)とは全く別の次元で、風刺と侮辱については確かに考えさせられる。以前から私は風刺が決して好きではなく、一つの攻撃の形だと思ってきた。確かに、手法はシニカルでも結局は皆が笑ってしまう寛大さと知性を持っているものは好きだ。

(2)今年の活動のテーマも、「対立から癒やしへ」。(年賀状のお返事が遅れている方はごめんなさい。インフルエンザでない高熱を出して予定がずれ込みました)AHが踏み込んでみようと思っている「政治との関わり方」にせよ、その他のあらゆる活動において常に心がけたい。

私は目的さえ正しければ手段は選ばないという考え方は大嫌いだ。「目的」ではなく「手段」そのものが人生だと思っている。どんな心の姿勢で取り組むかが「手段」につながる。これは私が「本当の自信」の本に書いたdoとbeの関係と同じ。どれほど成果を上げても人生は終わる。
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2015年1月19日(木)

米国でのAHのボランティア会議で誰かが政治集会の呼びかけをしたら、「ここはそういうことを話す場ではないでしょう」という批判が出た。見解を求められたジェリー・ジャンポルスキーは、「ここではどんな話をしてもよいと思う。ただし、怒りに基づいて話すのでなければ」と。

怒りや自己正当化、被害者意識(いずれも「怖れ」を表すもの)なしに政治や国際関係を語ったら、どれほど生産的になるだろう。「そんなことをしたくても相手がその土俵に立っていない」という「自己正当化」がすぐにでも聞こえてきそうだが。

私が選挙に出ていたとき、「選挙は戦争だ。だから相手の悪口を言わなければならない」と怒られたことがしばしばあった(もちろん私は相手の悪口を言わなかったので)。そうやって、おかしなところに位置づけられたまま、政治がどんどん劣化していくような気がする。
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2015年1月21日(水)

拙著「10代のうちに知っておきたい折れない心の作り方」がまた増刷になるとの連絡。つい先日学会の市民公開講座で話したが、その主催者の先生の十代のお嬢さん(健康な方)も私の名前を知ってくださっていると聞き感動したばかり。http://amzn.to/1C9ezVu
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2015年1月22日(木)

旅した頃のシリアを懐かしく思い出す。笑ってしまうような出来事、人々の温かさ。私はゴラン高原まで行かせてもらったが、一私人がそれほど自由に動ける安心感があった。世界はいつの間にこんなところになってしまったのだろう。本気で「怖れ」に取り組む時期が来たと信じている。

内戦下の旧ユーゴを旅したときは、あるカフェで一緒になったセルビア人から、いかにセルビアが正しいかをすごい勢いで説明された。あの頃から、自己正当化と怖れと暴力の関連には気づいていた。自己正当化しなくても安心して暮らしていける世の中がほしい。まずは自分の心の中から。
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2015年1月23日(金)

かつてイスラム圏を旅したときには日本人というだけで敬意と親切をもらえた。米国に原爆を落とされた国だから、というのもよく聞いた。私が日本人であることに誇りを感じられるのはイスラム圏の人たちのおかげとも言える。アフガン戦争以来その評価はガラリと変わってしまったけれども。

「『怒り』がスーッと消える本」 http://amzn.to/1AYu5iS 「身近な人の『攻撃』がスーッとなくなる本」 http://amzn.to/1yC7R9j が共に重版との連絡。拙著ではあるが、どちらも今社会的に必要な本だと思っているので嬉しい。
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2015年1月24日(土)

人道的な志を持った人が燃え尽きるのを見るのは辛い。重要なのは、「主張の内容」よりも「心の姿勢」だ。どれほど正しいことを言っていても、そのエネルギーが「怖れ」(怒り、不安、べき思考)である限り、その人はいずれ燃え尽きるだろう。
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2015年1月25日(日)

2月14日の一般向けセミナー「人間関係と心の健康」、残席がまだあるそうです。当日は対人関係療法、AH、非暴力コミュニケーションなどから実用的なエッセンスをお話しする予定です。バレンタインデーですが、ぜひどうぞ。詳細は http://ipt-event.com/

2月14日の件、追加です。このセミナーでは、かなり質疑応答にも重きをおいておりますので、お楽しみに。http://ipt-event.com
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2015年1月27日(金)

2月14日の一般向けセミナー「人間関係と心の健康」、AH的「聴き方」の練習の時間も持てそうです。正味5時間のプログラムですが、できるだけ楽しく有意義に過ごしていただくように頑張ります。 http://ipt-event.com

3月刊行予定の「完璧主義」の本(さくら舎)、タイトルが「プレッシャーに負けない方法 ー 『できるだけ完璧主義』のすすめ」に決まりました。刊行されたらまたお知らせします。

昨年に続き今年も、穂高養生園で、2泊3日のワークショップを開きます。私も参加します。大自然に囲まれた場所、おいしいマクロビのお食事、AHの入門ワークショップと実践ワークショップを合わせて受講できる素敵な企画です。詳細 http://bit.ly/1JVLUnt

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※人間関係の悩みの解消と心の平穏に役立つ
「人間関係とこころの健康」セミナー 2月14日開催
残席後わずか、 参加者募集中

詳細は http://ipt-event.com/  をご覧ください、